こゑ
「わ、眩しいっ……」
断末魔の原因が気になり目を開けたが、辺りを覆う閃光に再び目を閉じる。
「ご無事ですか、我が君」
「え?誰?禰禰?」
目を閉じたままの絢香は、聞き覚えのある声に耳を傾ける。
そして、体が宙に浮く感じがした。
「しばしのご無礼、ご容赦くだされ」
言うが早いか、絢香を横抱きに抱きかかえた禰禰が出口に飛び出す。
瞼裏の光が消え、丁度良い明るさを感じると、絢香はゆっくり眼を開けた。
「ここは…」
周囲を見渡すと、洞窟に入る前の景色が広がっていた。
「神子、怪我をしているな」
出入り口の両脇に盛り塩をした要が、絢香の腫れた足首を指す。
「刹羅、薬を持っているかね?」
禰禰が近くに居る刹羅に声をかけた。
「応急処置が限度だ」
そう言うと刹羅が、腰に下げた布袋から少し大きめの葉を一枚取り出す。
次に、懐から栓がされた小瓶を取り出した。
取り出した葉に小瓶の薬を塗り、腫れた足首に巻く。
「イタッ」
腫れた足を触られ、絢香は顔を歪める。
「早くしろ、盛り塩の効果が切れる」
左手の人差し指と中指を立てて合わせ、呪文を唱えていた要が絢香達に視線を投げた。
要が時間稼ぎをしている間、刹羅は慣れた手つきで薬を塗った葉の上から包帯をきつく巻く。
「これで少しはマシだろう」
処置が終わり、刹羅は立ち上がる。
「お気をつけ下さい」
禰禰が横抱きに抱えていた絢香を、ゆっくり下ろす。
冷たい薬が腫れを冷やし、きつく巻かれた包帯が足を固定しているため絢香は楽に立っていられた。
「神子、生贄にされかけたのだから解かっては居ると思うが、この旱魃は蛟(みずち)の仕業だ」
そう言って、要は蛟に視線を向ける。
「じゃあ、あの蛟を倒せばいいの?」
蛟を指しながら、絢香はRPGのセオリー通りに考えたことを口に出す。
「話が早くて助かる」
合っていたのか、要は1つ頷いた。
「良い度胸だね。人が働いているのに、アンタ達はのんびりとお喋りって訳?」
ふと、上空から大きなフクロウに乗った迦楼羅が降りてきた。
矢を番(つが)え終えた弓を見て、絢香は迦楼羅に初めて遭った時におとろしを祓った矢の閃光を思い出す。
「あの光、まさか…」
「頭の弱い妖怪で命拾いしたね、生贄を誘き寄せる為の空だったんだろうけど。そこから破魔の矢を叩き込んでやった」
迦楼羅は楽しそうに口元を吊り上げた。
「無駄口を叩くな、来るぞ」
絢香の左斜め前で、要は翡翠の槍を構える。
「そこのお前達!!聖域で何をしている!!」
背後から鋭い声が聞こえ、振り返ると、弓を携えた数人の巫女達が駆けつけていた。
「げっ。話がややこしくなりそう…」
洞窟から視線を外し、現れた巫女達を見た絢香が呟く。
「瑠璃が牢の鍵を開けたと大騒ぎになって来てみれば、案の定だったようだな」
「一刻も早く生贄を洞窟に戻し、水分(みくまり)様に気をお静め頂かなくてはなりません」
巫女達は一斉に弓を構える。
「静まるがいい、人間。このお方を生贄などにさせる必要がない為、お連れ申し上げたのだ」
「妖怪風情が何を勝手なことを!」
「面倒くさいなぁ、今から俺達が雨を降らせてやるって言ってるんだ。村人全員呼んで見物してれば良いだろ」
禰禰と巫女達の会話に迦楼羅が口を挟む。
「良いだろう。そこまで言うなら見せてみろ。失敗したら貴様ら全員生贄になってもらう」
それだけ言うと、その場に居た巫女達は去って行った。
「案ずるな。あの蛟を倒せば雨は必ず降る」
前を見据えた刹羅が言った。
「なら、絶対に負けられないね。(恐いけど、逃げちゃいけないんだ)」
絢香が洞窟に向き直るのと同時に、ガラスが砕け散る音が鳴り響いた。
盛り塩の結界を破った大蛇が、洞窟から這い出てる。
「き、来た……」
テレビやゲームと違い、現実に対峙する妖怪を前に絢香の顔は青ざめる。
「恐れるな、心の隙間に付け入られるぞ」
刹羅は静かに抜刀する。
「悪いけど、恐がる暇はないよ。俺は、さっさと終わらせたいんだ」
迦楼羅は弓を引き始めた。
「一緒に戦ってくれるの?」
絢香は、刹羅と迦楼羅に眼を向ける。
「俺はお前の闘士だ、楽士のお前が戦うなら戦わないわけにもいかないだろう」
「絢香、歌で陣を敷いて」
「歌で、陣を敷く?」
迦楼羅の話に絢香は眉を寄せる。
「神子、望め。歌を奏でながら、強く。陣の強さは、神子の心の強さだ」
「何も心配は要りませぬ、初陣は誰しも緊張するもの。我が君の初陣、勝利で飾ってご覧に入れましょうぞ」
「ありがとう、頑張るよ」
絢香は、両手を合わせると、瞳を閉じる。
『戦うを望むか?』
突然、頭の中に古い言い回しの言葉が響く、しかもその声が自分の声であったことに絢香は驚いた。
「(だ、誰?)」
絢香は驚きつつも、心の中で答える。
『朕に戦う力を望め。さすれば朕の妖力、貸し与えようぞ』
「(……何だか解らないけど、力を貸してくれるなら。お願い、力を貸して!私を、戦わせて!!)」
『強く望め、強く願え。全ては流れのままに委ね、暫し眠れ』
「え?」
絢香の瞳が見開かれるのと同時に、風水に使われる八卦図の中心に太極が描かれた陣が足元に浮かび上がる。
『陽は去り、陰は招ず』
その声を最後に、絢香は意識を失う。
「朕の声を聞け」
そう自分の唇が動いた気がした。
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