斎宮






「う……」

雨の音に目を覚まし、絢香はゆっくりと体を起こす。

「か、体中がダルイ……」

風邪にも似たダルさに、絢香はため息をついた。

「ここは…どこ?」

肌寒さを感じた絢香は、布団の上にかけられた羽織を引き寄せて、肩にかける。
絢香は自分が居る一室を見渡した。

「蛟!?そうだ、あの後どうなったんだ?」

蛟と戦っていた事を思い出して立ち上がると、障子を開ける。

「あ、雨が降ってる……」

空は厚い雲に覆われ、今まで止められていた分を吐き出すように勢いよく雨が降っていた。

「やった!生贄にされずに済んだ!」

絢香は拳を握り、勢い良くガッツポーズする。

「目が覚めた?」

部屋を仕切っている襖が開き、迦楼羅が入ってきた。

「うん、ついさっき」
「悪いんだけど、ちょっと付いて来てくれる?」

そう言うと、迦楼羅は開けたままの襖の前で手招きをする。
絢香は、頭に疑問符を浮かべながら付いて行った。
隣の部屋に入ると、襖を閉じる。
中には、刹羅が剣の手入れをしていた。

「目が覚めたか」

絢香の姿を確認すると、刹羅は剣を鞘に戻した。
迦楼羅と絢香は、三人向かい合って座る。

「ねぇ、あれからどうなったの?」

まずは、絢香が口を開く。

「覚えていないの?自分で祓ったのに?」

迦楼羅が驚いた声で答えた。

「えっと、うん。誰かと話をしてから気を失ったみたいで」

絢香が記憶を辿ると、頭の中に響いた声と会話した事だけは覚えていた。

「誰かとは、誰だ?」

刹羅が眉を寄せた。

「え?知らない。頭の中で急に声がして、力をやるって言うから貰った」
「そうか……、お前にコレを渡しておく」

刹羅は大きく息を吐くと、懐から何かを取り出す。
よく見ると、銅鏡の欠片であった。

「何、コレ?鏡?」

絢香は、首を傾げながら博物館でよく見かける、青く錆び付いた鏡の欠片を手に取った。
突然、鏡が光だし錆と鏡面の曇りが掃われる。

「あ、綺麗になった」

こうゆう現象に慣れだした絢香は、さほど驚いていない声を出した。

「何で、コレを私に?」
「お前が持つべき物だからだ」

疑問に思った絢香が刹羅に問うが、一言で返されてしまう。

「アンタ、この鏡が何だか解かってんの?」

刹羅の答えに取り掛かりを覚えた迦楼羅が眉を寄せる。
しかし、刹羅は口を開かなかった。

「ねぇ、瑠璃と瑪瑙はどうなった?」

生贄にされかけた当事者達が気になった絢香が問う。

「瑠璃なら、今朝早く都の斎宮寮(さいぐうりょう)へ向かったよ」

刹羅は再び剣の手入れに戻り、代わりに迦楼羅が答えた。

「斎宮寮って何?」
「全国から力のある巫女が集められ、帝に仕える斎君(いつきのきみ)になる為の場所」
「ええぇ!?何で起こしてくれなかったの!?」
「爆睡してたクセに……」

素っ頓狂な声を上げる絢香に、迦楼羅が呆れる。

「うっ……、でも、一声かけてくれても良いのに」

事実を突かれ、絢香は口を尖らせる。

「もうじき斎宮寮への入寮試験が始まる、今から都へ向かわないと間に合わん」

剣の手入れをしつつ、刹羅が口を開いた。

「……そっか」

目標に向かって歩き出した瑠璃を応援するも、少し寂しい気持ちになった。

「村を救ってくれて、有難うって言ってたよ」

見かねた迦楼羅が答える。

「そっか。助けられたんなら、良いんだ」

絢香は、照れ笑いを浮かべた。

「ん?でも、斎君って、宴の松原で会ったよね?」

ふと絢香は、大内裏で芭蕉扇を持った女性を思い出す。

「あれは先代の斎君。帝が崩御したら、斎君も代替わりする決まりだから今上帝と現斎君は空席なんだよ」
「あれ?東宮とかは居ないの?普通、皇太子とかが帝になるんじゃないの?」
「……今は、居ない」

絢香の質問に、迦楼羅は間を置いて答えた。