琉球へ






「お加減はいかがで御座いましょうや、お屋形様」

縁側の柱に背を預けて立っている禰禰に、高麗が傅く。

「大事無い。だいぶ首の傷も消えてきた、これなら人前にも出られるだろう」

消えかかった首の傷を撫でながら、禰禰が答えた。

「霊力の殆どを召し上げられ、傷が開きかけた時は肝が冷え申しました」
「本当なら6人で行う事を2人で賄ったのだからね、多少の無理も出るだろう」
「念のため、こちらを。灰狩に持って来させました」

そう言って高麗は1つの小瓶を差し出す。

「朱璃の様子は?」

小瓶の中身を仰ぎながら禰禰は問う。

「昨日には、基の元気を取り戻されております。酷くお屋形様を案じておられました」
「そうか、余計な負担を強いたか」
「貴殿も目覚められたか」

不意に禰禰の背後から声がして振り返ると、要が立っていた。

「おや。要は、まだ顔色が戻っていないようだね」

禰禰は要に向き直る。

「貴殿の指示通り、鏡の欠片は刹羅に渡した。今頃は神子の手にある頃だろう」
「協力感謝するよ。しかし、あの立派だった龍の角が今では小鹿の角のようではないか」

牡鹿の様に立派だった角が小さくなったのを見て、禰禰は肩を震わす。

「時が経てば戻る。神子が部屋に来るようにと、鳳迦楼羅から言伝があった」

気にしていないのか、それだけ言うと、要はさっさと踵を返す。

「やれやれ、冗談の1つ返せんとは……」

そう呟きつつ、禰禰も向かった。

「我が君のお召しにより、参上致しました」
「あ、いらっしゃい。ちょっと座って」

入室した禰禰に絢香は手招きする。

「少し話を聞いたんだけど、地下牢に入れられたんだって?」
「その様なお耳汚し、お忘れ下さい」

扇子を口元に当てながら、禰禰は腰を下ろす。

「迦楼羅から聞いたんだけど。朱璃の故郷、南の島にあるんだって?」
「左様ですが。あのような田舎に、我が君のお気を引く物など御座いませんよ」

禰禰の口調は柔らかいが、時間の無駄だと言うニュアンスが含まれていた。

「でも、南の島なんでしょ?行きたいなぁ、南の島。琉球って言うんだっけ?」
「時間の無駄です。今は、我が君の守護者を探す大事が御座います」

禰禰は絢香の意見を頑なに拒む。

「そんなの後でいいよ、別に急いでないし。それに、守護者が居るかもしれないよ?」
「しかし……」
「本人が行きたいって言ってるんだ、好きにさせてやったら?」

脇息に頬杖をついた迦楼羅が口を挟んだ。

「………」

禰禰は無言で、口を挟んだ迦楼羅を睨む。

「ふん、何?」

しかし、迦楼羅はひるむ所か鼻で笑った。

「……畏まりました。出立の準備に取り掛かりまする」

そして禰禰はそう言うと、一礼して部屋を後にする。
禰禰は部屋へ戻るや否や、廊下の柱に背を預けて座り込んだ。

「……高麗」
「ここに」

眉間を押さえた禰禰の近くに、高麗は音も無く現れる。

「我が君が琉球へ向かわれる、急ぎ船の手配を」
「はっ」
「それから。必要以上に、我が君を親父殿に近付けさせるな。何を吹き込まれるか解からないからね」
「心得ておりまする」
「朱璃をここへ。お前は、そのまま出立の仕度に取り掛かりなさい」
「はっ。では、御前を失礼致します」

高麗は一礼すると、音も無く消え去る。
少しして、静かな足音が近付いてきた。

「禰禰、もう起きても大丈夫なの?」

心配した声と共に、朱璃が隣に座る。

「あぁ、もう何ともない。だいぶ心配かけたね」

禰禰は優しく微笑むと、朱璃の頭を撫でた。

「本当よ。高麗から面会できないって言われた時は、目の前が真っ暗になったんだから」

朱璃は小さく頬を膨らます。

「それは悪かった。朱璃、今から琉球へ向かう。その旨、親父殿に手紙で知らせてはくれまいか」
「構わないけど、ずいぶんと急な話ね」
「我が君が、琉球の話を聞いて興味を示されたのだよ。船の中で、故郷の話でもして差し上げなさい」
「うん、解かった。じゃあ、手紙書きに一度戻るね」
「あぁ、頼んだよ」

朱璃は立ち上がると、自室へと去っていく。

「…さて、私も支度するとしよう」

禰禰も立ち上がった。




「……ずいぶんと、気合の入った船だね」

港に用意された船を見上げて、絢香は苦笑する。
博物館でよく見る唐船のような巨大な船が、港に停泊していた。
帆には橘の家紋が染め抜かれている。
絢香は、気圧されつつ乗船した。

「ここから琉球まで、小1時間程度ですのでごゆっくりお寛ぎ下さいませね」

絢香にお茶を出した朱璃が、にっこりと微笑む。

「……さすが、セレブ。堂々としてるね」

外見は自分と同じ女子高生ぐらいなのに堂々としている朱璃に比べ、気圧されてばかりの絢香はさらに苦笑する。

「私の故郷の琉球はとても良い所、きっと絢香様も気に入って下さると思いますわ」

久しぶりの里帰りなのか、朱璃は嬉しそうにそう話す。
そんな朱璃を見て、絢香はいくつか質問をしてみる事にした。

「海は綺麗?」
「はい、とても澄んだ美しい青色をしております」

予想通りに朱璃は笑顔で頷いた。

「他に何か良い所は?」
「甘い物がお好きでしたら、甘い水が取れるカンロキビがおすすめですわ」
「カンロキビ?」
「竹の様に節を付けて育つ植物です。節を割ると中に甘くて美味しい水が入っています。琉球特有の輸出品の1つでもありますの」
「あー、サトウキビ的な物ね」

絢香は納得すると、お茶を啜った。