琉球王国






「くぁ〜…よく、寝た」

絢香は、大欠伸をすると目を擦る。
琉球へ到着するまで、うたた寝していのだ。

「失礼致します、お目覚めになりましたか」

そう言って、朱璃が入ってきた。

「暑くなって来たねー、着いた?」

蒸し暑い気温で、汗をかいた絢香が着物の袖を捲り上げる。

「もう間もなくの到着です」

朱璃は、冷たい水の入った茶碗を差し出した。

「ありがとー、ちょうど喉が渇いてたの」

絢香は、差し出された冷水を一気に飲み干す。

「絢香様。到着しましたら、キジムナーにはお気を付け下さいませね」
「キジムナー?」
「赤い髪に木の面をつけた、子供の妖怪です。父の配下の者なのですが、悪戯が過ぎる所が御座いますの」
「へー。どこの世界でも、子供の悪戯事情って同じなんだねー」

絢香が朱璃の話を聞いていると、大きな銅鑼の音が鳴り出した。

「あ、港へ到着した様です。私は、これから女中達の指示が御座いますので、御前を失礼させて頂きますね」
「解かった、また後でね」

一礼して去る朱璃に、絢香は手を振って別れた。
暇になった絢香は1人で下船し、活気溢れる波止場に降り立つ。
近くに異国から来たのか、見たことない商船も何隻か停泊していた。
積荷を降ろす人、交易品を買い付ける人で港は人で溢れている。
絢香は、邪魔にならないよう少し離れた所へ移動した。

「色んな物が運ばれて来るんだなぁ…」

近くの段差に腰を下ろし、絢香は貿易の様子を眺めた。
ふと、背後に視線を感じて絢香は後ろを振り向く。
そこには、顔全体を木のお面で隠し、赤い髪をした子供が物陰からこちらを見ていた。

「へぇ〜、あれがキジムナーか」

朱璃の話を思い出し、絢香は軽く手を振ってみる。
すると、キジムナーは物陰から出て絢香の前に立った。
そして、絢香の腕を掴むと軽々と立たせる。

「おぉっと!?」

見た目に反した怪力に、絢香は驚く。
しかし、驚いたのも束の間、キジムナーは絢香の腕を掴んだまま全速力で走り出した。

「えええぇぇぇ!!?」

絢香は、素っ頓狂な声を上げながら、キジムナーに連れ攫われてしまった。
少しして、キジムナーはキビ畑の前で立ち止まる。
何を思ったのか、キジムナーは一本のキビをへし折ると、簡単に節と節の間を手折り始めた。
節毎に解体し終えた一節のキビを、絢香に押し付ける。

「……もしかして、くれるの?」

絢香の問いに、キジムナーは1つだけ頷く。

「あ、有難う…」

と、言って受取ったものの、割ってみようと力を入れたが硬すぎでびくともしない。
見かねたキジムナーが、キビを絢香から引っ手繰ると、真ん中から豪快にへし折った。
折った部分を上にして、絢香の前に突き出す。
キビの中には、無色無臭の水が入っていた。
絢香は、恐る恐る中の水を一口だけ飲み込む。

「あ、甘い。これ、もしかしてカンロキビって奴?」

絢香の問いに、再びキジムナーは1つだけ頷いた。
そして、またすぐに走り出す。

「また!?」

キジムナーの駆け足観光に、絢香は足がもつれながらも必死に付いていった。
カンロキビ畑を抜けると、水牛が田畑を耕すのどかな農村へ出る。

「……う、牛が二足歩行してる!?」

人間と同じように農具を持って、田畑を耕す水牛を見た絢香は我が目を疑う。

「嬢ちゃん、水牛見たの初めてかい?」

近くの畑から声がして、絢香が視線を向けると、農作業しているお婆さんと眼が合った。

「うん」
「そうかい、そうかい。琉球の水牛は真面目で気が優しく、力持ちと三拍子揃ったこの国自慢の動物なのよ」

そう言って、お婆さんは柔らかく笑う。

「お婆さんは、今何やってるの?」
「お婆はね、キビの苗を植え付けてるよ」

お婆さんは、絢香に茶色く変色した一節のキビを見せた。

「あれ?苗なのに茶色いの?」

花の苗の様に青々とした苗を想像していた絢香は、首を傾げる。

「これはね、建築用のカンロキビと言って輸出している食用とは別のキビ。このキビを乾燥させて、水気を飛ばし、水気が無くなったキビは凄く頑丈で、怪力の持ち主であるキジムナーでも手折る事が出来ん。その特性を生かして、琉球の民はキビで家を建てるのよ」
「へぇ、食用と建築用とかあるんだ。青いキビも硬かったけど、あれより硬くなるんだね」
「嬢ちゃんは、観光に?」
「半分は観光。友人の実家がここって聞いて船で来た。下船したら、そこに居るキジムナーに…って、あれ?」

絢香はここまで来た経緯を簡単に話し、キジムナーが居るであろう場所を指したが、そこには誰も居なかった。

「あれまぁ。嬢ちゃん、キジムナーに連れ攫われたのかい?」
「どうだろう?走って観光したけど、結果的にはそうなるのかな?」
「あははは。嬢ちゃん、肝が据わっているね。どんな状況でも、取り乱したら何もならん。その度胸を、キジムナーに気に入られたのかも知れないね」

一人ぼっちになっても動じない絢香に、お婆さんは大笑いした。

「気に入られた?私が?」
「キジムナーも、その使い主であるこの国の守り神も奇特な御方でね。変わった物がお好きなのよ」
「その守り神の話、詳しく聞かせてもらっても良い?」
「構わないよ、この国に興味を持ってくれてお婆は嬉しいよ。琉球の守り神は獅子、琉球王室とこの国に魔除けと招福をもたらす御方なの」
「獅子?」
「帝の祖である六道転輪王の建国時代、どの随神よりも勇猛果敢に転輪王の建国を支えた方。なのに、転輪王はあの方を守護者に選ばす最果ての地であった琉球へ追いやった。以降、あの方は人の姿を取り、本当の姿を人前に晒さなくなられた」

お婆さんは寂しそうな声で語った。

「守護者に選ばれなかった獅子か…。お婆さん、お仕事がんばってね」
「ありがとうね。この先を行くと王宮がある御岳城(うたきじょう)の城下街があるけど、1人で大丈夫かい?」
「うん。地図もあるし、ゆっくり観光するから大丈夫」

農作業へ戻ったお婆さんと分かれ、懐から地図を取り出すと、絢香は現在地を確認した。
周囲を延々とキビ畑に囲まれた広大な農地の一角に、自分の名前を見つける。

「御嶽城って、沖縄の首里城みたいな所かな?」

御嶽山(うたきやま)に築かれた山城の御嶽城を見つけ、絢香は城下街へ向かって歩き出した。
城下街へ入ると、青々とした食用キビの他に南国系フルーツや装飾品を売る店が軒を連ね多くの人々で活気に満ち溢れている。

「我が君、お探し申し上げました」

露店を眺めていた絢香に、禰禰が声をかける。

「あ、ごめん。船から離れるつもりは無かったんだけど、キジムナーに攫われて」
「左様でしたか。我が君にお怪我がなく、安心致しました。さあ、我が別宅へお連れ致しましょう」

そう言って、禰禰は絢香を御嶽城付近にある自分の屋敷へ招く。
屋敷の一室には、迦楼羅と龍角が元の大きさに戻った要が居た。

「あぁ、見つかったんだ。怪我はない?」

禰禰に連れ立って、室内に入った絢香に迦楼羅が問う。

「特にはないよ」

絢香は首を振って答えた。

「神子、琉球国沖に近年崑崙の賊船が徘徊していると聞いた。害されたくなければ、単独行動は控えろ」

要は抑揚のない声で、絢香に注意を促す。

「崑崙?どこかで聞いたような…」
「琉球から海を隔て更に南西にある大国、国民は全て龍神であるため龍の国と呼ばれる。対して、藍閃は麒麟と縁が深く世界からは麒麟の国と呼ばれている」

静かに障子が開き、刹羅が現れた。

「あれ?今までどこに居たの?」

今まで姿が見えなかった刹羅に、絢香は問いかける。

「情報収集だ」
「……あ、そう」

素っ気無く答える刹羅や、心配した雰囲気すら見せない他3人を見やる。

「誰も、私を心配して、探してはくれなかったわけね……」

絢香は乾いた笑みを浮かべた。

「探しただろ、中将が」
「鳳迦楼羅、その答えは少し語弊がある」

面倒と思った迦楼羅の気だるそうな声に、要が口を挟む。

「神子、我らは意図して探さなかったのではない。港に残されたキジムナーの気配に悪意を感じなかった、故に我らは情報収集に専念したに過ぎない」

迦楼羅とは対照的に、はっきりした口調で要が続けた。

「そうゆう経緯ですので、我が君。まずは、私どもの話を聞いて頂けますか」

優しく諭すように禰禰は言うと、無色透明な水が入った茶碗を差し出す。

「うん」

1つ頷くと、絢香は茶碗に口を付ける。
カンロキビの甘い味が口いっぱいに広がった。