〜始りと召集〜
          魔界 北西部            ヴァンパイア領 クローヴィル国 レイヴン城             月夜に照らされ、孤高と聳え立つ難攻不落の城           最上階の国王執務室へ一人の男が煌く金髪を靡かせながら靴音を響かせる。          「エメロード、サタン陛下より緊急召集です」           軽く二回ノックをし、先程の金髪の男が用件を言いつつドアノブを回す。           しかし、当の国王は椅子の肘置きに頬杖を突きお気に入りのクラシックを聴き入っていた。           「エメロード、聞いてますか?」           閉じている瞼を一行に開く気配を見せない相手に呆れつつ、いつもの事であるため           気にせずクラシックを止める。           聞えている上、急に曲を止められた事も合わさって国王エメロード・シュバルツ公は           紅の瞳で相手を睨み据えた。           「アルベール」           「諦めてください、仕事です。魔王陛下直々の召集を蹴るわけには行きませんからね」           面倒くさがって行くのを渋るであろうエメロードに、参謀兼幼馴染の           アルベール・クロイツが釘を刺す。           「ちっ」           そう舌打ちするとエメロードは立ち上がり、コート掛けに掛かってあるコートを引っ掴む。           「近衛兵の用意は出来ていますから、速やかに発ってください」           「解ったよ、行って来る」           相変わらずの手際の良さを感心しつつ、エメロードはヴァンパイア特有の大きな蝙蝠の翼を広げる。           そして執務室の大窓から、近衛兵達が待機している外へと飛び立って行った。                   魔界 中央           魔王居城 ダークキルト城           「おや、これは東部のアクオス殿。貴殿に会うのは50年ぶりか?」           エメロードが降り立った宮廷庭園、通称ダークガーデンの噴水前           に海軍総督のアクオスを見つけ声をかける。             「違うぞ、500年だエメロード公。正確には500と3ヶ月になる」           「へぇ〜、もうそんなになるのか」           正確な年数を言うアクオスにエメロードは相槌を打つ。           「要は軍部定期総会以来と言う事だ、空軍総督殿」           そう言ってアクオスは青い軍服を翻し、ブルーグリーンの髪を           風に遊ばせつつ去って行った。                      「物忘れが酷くてスイマセンね〜…」           わざわざ役職名で嫌味を言われ、小さくなった相手の背に向って溜め息を洩らした。                   ダークキルト城内 謁見の間           玉座にて脚を組んでいる魔王サタンの御前に海軍総督アクオス、空軍総督エメロード、           陸軍総督クレイドルの三人が横一列に並び膝を着いた。           「此度、お主達を集めたのは他でもない。何者かが“エリクシル”を目覚めさせ           “ラルヴァ”を撒き散らしておる」           そう前置きした魔王サタンは、漆黒の黒髪から覗かせる同色の瞳が憂いに伏せられた。           「陛下、闇宝石商ダリも動いております。人間界にもラルヴァの力が宿った宝石が出回っております」                      と、朱色の髪をした陸軍総督のクレイドルが報告した。           「うむ。そこでお主達にラルヴァを殲滅し、エリクシルを再び封じる任を命ずる」           「「「はっ、おおせのままに」」」           魔王陛下よりの任が下り、三武公は一礼し姿を消した。           テレポーテーションを使ったのは、魔王に背を向けずに立ち去るためである。                     城に戻るエメロードの瞳には月の光しか入れない。           魔族の誇りを賭けた戦いが始まりを告げた。