〜異端の神父〜
          人間界 北西部           「あぁ…良い月夜だ……」           月夜を見上げた男の甘く掠れた声が闇へと溶け込む。           風が、小高い丘に立っている漆黒の神父服を揺らした。           『フェルナード』           誰も居ない闇から、魔族特有の篭った声が男の名を呼ぶ。           その声に短く切った銀髪を揺らし、男の紅の瞳が闇を捉えた。           「(こう)を付けろよ…これでも、血筋は良いんだぜ……」           口では注意をしているものの、どうでも良いのかのんびりとした口調であった。           『エリクシルが覚醒する、遊んでいないで戻って来い』           それだけ言うと用件を済ませたのか、声の主の気配は闇の中へと消えて行った。           「ほう、やっと起きたか…ククッ、ようやく楽しめそうじゃないか」           明るく光る月に笑むと、微かに牙が見え隠れする。           報告を聞いたフェルナードは、再び甘く囁くと丘より姿を消した。           魔界 レイヴン城                 国王執務室           「アルベール、マリアスの調子はどうだ?」           被害が拡大しつつあるラルヴァの報告書類を纏めていたエメロードが問う。           「魔力の方は順調です。最近、学校から成績報告が来ましたが、成績も上位をキープしていました」           エメロードの“使えるか”と言うニュアンスを含めた問いに、アルベールは書類整理を行いつつ答えた。           「エ〜メロードさまぁ〜vv」           突如、扉が豪快に開くと煌く金髪をツインテールに結わいた少女が現れた。           「マリアス、ここは閣下の執務室ですよ。ノックしてから入りなさい」           貴族の淑女にしては、おしとやかさに欠ける妹にアルベールは眉を寄せる。           「お兄様、さっき私の噂してたでしょ〜♪」           「噂ではなく、事実を報告したまでです」           いたずらっ子の様な笑みで笑うマリアスに、アルベールはキッパリと答えた。           「クレイスト卿マリアス・クロイツ伯爵」           「はい、閣下」           そんな中、エメロードの静かな声音が少女を正式階級名で呼ぶ。           階級名で呼ばれたマリアスも、真剣な眼差しで国王を見た。           「俺が、以前のエリクシルを封じた鎖の一つであったのは知っているな?」           「はい」           「あの場に、フェルナードの姿もあった…」           人間界の何処かで見ているであろう同じ月を、エメロードも眺めつつ呟いた。           「フェルナードがですか!?何故、アイツが……」           マリアスは驚きの余り、顔から血の気が引いていくのが解った。           「事の真相はまだ解らない、だが無関係では無いと考えて良い。            時が来るまでに、俺をも超える血盟術師になっていろ」           彼女の術師としての素質に期待しているエメロードは、マリアスを激励する。           滅多に褒めない国王からの言葉に、マリアスは満面の笑みを浮かべた。           「エメロード様の為なら、このマリアス死すら厭いません」           再び人間界 アイルランド最北端           一本の大きな楠の老木下に、逸れ者の魔族達が一同に会した。           ここに集まった魔族は、全て魔界から追放された異端者達である。           その場には無論、フェルナードの姿もあった。           森の中が静寂に包まれる           満月が老木の頂上に差し掛かった時、悠久の時を刻んだ幹が赤く光り、鼓動が波打った。           「目覚める…」           赤く鼓動が鳴る幹を見つめ、フェルナードが呟く。           『同族を狩る者達よ、余は今、目覚めたり――……』