〜宝石〜
            魔界 レイヴン城                        「愚かな…目覚めさせたか……」             城の中でも一番高い、円錐屋根の頂上に立っていたエメロードが呟く。            「執務室に居ないと思えば、こんな所に居たか」             不意に、エメロードの真横から低音で冷たい声音がした。            「アシュレイ、何かあったか?」            「……エリクシルが、目覚めた……」            「……あぁ……」            アシュレイの口から静かに紡がれる呟きに、エメロードは頷くのみであった。             人間界 265年ローマ帝国            「なぁ、ディオクレス。あの噂知ってるか?」             ディオクレスと呼ばれた青年の隣にブドウ酒のジョッキを片手に青年が現れた。            「マクシミアヌス、聞いているよ。幸運の宝石の話だろ?」            「そうそう、裏道に出てた露店にあるって話だ。けど、裏道で探してもそんな露店は無かったそうだ」            「無かった?移動したのかな?」            「さあね。あーあ、俺も欲しかったな〜」             空のジョッキをカウンターに置いたマクシミアヌスが言った。            「お前、そんなに金持ちだっけ?」             ディオクレスが、からかいながら言う。            「ちえ、どうせ貧乏だよー。お前も同じだろ」             そう笑いながら、家路へと去っていく。            「まぁ、確かにね」             ディオクレスが苦笑して、手に残っていたパンを頬張ると、店を出る。             今夜の月は不思議なくらい眩く感じ、普段は真っ暗な裏路地まで見えるような気がした。            「……もし…そこの方……」             ディオクレスが夜の散歩を楽しんでいると、不意に小さな声が聞こえた。             声のする方を見てみると、フードを深く被り、腰がアーチに曲がった老人が一人立っていた。            「どうした爺さん、何か困った事でもあるのか?」             困った人をほっとけないディオクレスは、老人に近寄る。            「わしはもうすぐ次の街に行かなければならんのだが、たった一つだけ売れぬ商品があってな……」            「売れ残りかい?」            「これじゃよ」             そう言うと老人は一つのペンダントを見せた。             綺麗な蒼い石のペンダントは、月の光を浴びてどこか妖しい光を放っていた。            「……綺麗なペンダントだな」             ディオクレスは吸い込まれるようにペンダントを見つめる。            「気に入ったか?」            「え?あ、いや…俺、ただの一兵士だから……」             綺麗だと思っても、宝石を買える金などありはしなかった。            「金の心配しているのか?これはどうせ売れ残りだ、金は要らんよ」             老人がペンダントを差し出す。            「いいのか?」             こんな高そうな物と思いつつも、ただでくれると言うのだから受け取らない人はあまり居ないだろう。             せっかくだから、ディオクレスはペンダントを首からかけた。            「ホントに貰って良いのか?」            「あぁ。わしも要らない物が処分できて良い」            「利害一致か。ありがと爺さん、大切にする」             納得した返事であったが、ディオクレスは心なしか嬉そうに家路に向かった。            「……ひひひひひ……」             一人になった老人が不気味に笑い、闇へと消えていったのは誰も知らない。             あれから19年後             ディオクレスは一兵卒から親衛隊長官にまで異例の早さで出世し、軍に推戴されて皇帝ディオクレティアヌス となっていた。             しかし、広大なローマ帝国の統治と防衛を単独で行うのは困難だと考え、友人のマクシミアヌスを共同皇帝 として共に治めている。             あのペンダントは、ディオクレスが昔聞いた幸運の宝石そのものであった。             だが、その幸運も終わりを告げ、その身が老衰すると共に内乱が増え、暗殺を受けて生涯を閉じる。             西ローマ帝国は滅亡した。