〜嘆きのサファイア〜
            人間界 1558年 英国                        「陛下、こちらが例の傾国のサファイア≠ナございます」            英国の新女王エリザベスに、側近の1人が大きなサファイアを見せた。            「ほう…これが、かの広大なローマを滅ばしたと云われる傾国のサファイアか……」            女王エリザベスが、玉座から身を乗り出してサファイアに感嘆の声を漏らした。            「もっと近くへ!わらわの近くへ持て!!」            妖しく輝くサファイアに興奮したエリザベスが、側近を手招きし眼前でサファイアを眺めた。            「宝石商、このサファイアが真の傾国のサファイアであると証明してみせよ」            エリザベスは、眼下に膝をついたフードを深く被っている老人を見る。            「ひひっ。証明……で、ございますか?」            老いた宝石商人が、妖しい笑い声を上げながら聞き返す。            「これが、真のサファイアなら細かい経緯を知っておろう?偽りなく話せ」            嘘をついたら処刑すると言う目で、エリザベスは商人を睨みつけた。            「ひひっ、では。ローマのとある酒場に居たディオクレスなる若者、友から聞いた幸運の宝石の噂を聞き 裏路地へ近づいた所。一人の宝石商人と出会い、その商人より譲り受けたのが、このサファイアにございます。 ひひっ、幸運の宝石を手に入れた若者はいつしかローマ皇帝となり、栄華を誇りました。しかし、晩年は 何者かの暗殺に遭い崩御。その際、持ち去られたのがこのサファイアでございます。そのサファイアが流れ 流れて、今は陛下のお傍に居ります」            老人は、さも見て来たような口ぶりで話をし始めた。            「面白い、このサファイアでわらわの首飾りを作るが良い!」             魔界 レイヴン城            「エメロード……」            庭先に置いてある青銅のベンチに座り、本を呼んで居るエメロードの後ろに少し長く伸びた黒髪を            赤いリボンで緩めに結わき、左肩にゆったりと流した1人の少年が立った。            「シャロンか。何か見えたか?」            紙面の活字から目を離さず、エメロードは後ろに立つシャロン・ギルバートに声をかける。            「嘆きのサファイア≠フ持ち主が…変わった……」            シャロンの寝起きの様な声が、ゆっくりとエメロードの耳に届く。            シャロンには、予知夢を見る力があった。            「ダリも居るか?」            「まだ、居る……英国に……宝石商も、サファイアも……」            「そうか。今の持ち主は誰だ?」            「英国女王…エリザベス……1世……」            そう呟きながら、シャロンの深い紺色の瞳が月しか現れない空を見上げた。            「ちっ、女か」            女王と聞き、女性嫌いのエメロードは舌打ちした。            「……行かないんだね」            「女だから、やる気が失せた」            「我が儘な人……」            空から瞳を離し、エメロードの黒髪を見つめながらシャロンがクスッと笑う。            「で?他には何が見えたんだ?」            「……アナタの末弟が……」            「フェルナードがどうしたか?」            シャロンの口から末の弟の事が出てくると、エメロードは初めてシャロンの方を見た。            「……エリクシルを……楠の中から解き放とうとしている……」            「ほう?やはり方法を見つけていたか」            面白い物を見つけたように、口元に笑みを零すエメロードをシャロンは複雑そうに眉を顰める。            「イヤだよ、僕は……あいつはアナタを殺す為に追放された奴らと居る……きっと、皆も同じ気持ち………」            シャロンの長い睫毛が憂いに伏せられた。            「俺が負けると?お前ら、自分達の王を信じてないの?」            「アナタは負けない……けど、絶対じゃない……」            「シャロン」            「アナタには、選ばれし者(シュバリエ)が、肉体には偉大なる神の御魂が宿っている……             僕らでは、アナタの足手纏いでしかないことも理解している……けれど…それでも、アナタの為に……             アナタと共に戦いたいと願ってしまう………」             シャロンの頬を涙が伝い、嗚咽を漏らしながら訴えた。                         「俺は一度としてお前達をそう思ったことはない、可愛いお前達に怪我させたくないから出さないだけだ。             だが、思う所があるなら努力しろ。シュバリエじゃなくても、俺が戦力に欲しいと思えば戦場に出してやる」             エメロードの長い爪がシャロンの涙を拭い去る。             シャロンの口元に笑みが零れた。