〜怒りのルビー〜
            魔界 南東部              サラマンドラ領 ウルカーヌス国  バルカン宮殿             イスラム文化建築を思わせる、大理石で作られたバルカン宮殿。             そこでは、華やかな宴が催されていた。             赤い派手なサリーに身を包んだ少女を中心に、女性の踊り子が踊る。             国王クレイドルと后ペレは、更紗模様の絨毯の上から愛娘の踊る姿に眼を細めた。             「パパーvママーv」             曲が終わり、王女クーリッシュウェスタが両親の間に座る。             「お帰りなさいvとっても上手だったわv」             泡立つマグマを美味しそうに飲むクーリッシュウェスタを、母ペレは抱きしめた。             「お兄ちゃんも見てくれてた?」             白い大理石に、青いラピスラズリで描かれたアラベスクの太い柱に背中を預けている男に声をかける。             「あぁ、見ていたよ」             紅褐色肌に緩いウェーブがかった漆黒の髪をした王子アグニが頷いた。             「あ、ルッピーにも見せてあげなきゃ!!」             クーリッシュウェスタが、体が半分程沈むふかふかのソファーから飛び降りる。             「クーちゃん、お夕飯前には帰って来るのよ?」             漆黒の長髪をした母ペレが、娘の衣服の着崩れを直す。             「うんv」             母の言いつけにクーリッシュウェスタは大きく頷いた。             「ダメだ。母上はクーに甘すぎる」             胸元が少し開いた白い軍服を着たアグニが、クーリッシュウェスタに立ちはだかる。             「んー!!新しい衣装をアタシのルッピーに見せるの!!」             行く手を阻む兄にクーリッシュウェスタは地団駄を踏む。             「あんな出来損ない何かやめろ、お前に相応しい話し相手なら俺が連れて来てやってるだろ」             「イヤよ!あの子達全然面白くないの!!それに比べてルッピーは可愛いし面白いし、最高なの!邪魔しないで!!」             「なら、探してきてやるからあんな下品な奴はやめろ」             「お兄ちゃんのバカ!アタシのルッピーを悪く言わないで!!」             アグニの制止を振り切り、クーリッシュウェスタは走り出た。             「お兄ちゃんのバカ、ルッピーのこと何も知らないくせに…」             宮殿を出たまま走り続け、国境を越えてヴァンパイア領に入る。             「ルッピー…どこぉ…」             涙を手の甲で拭いながら探し人がよく居る森の中を歩く。             「あ、ルッピーの声だ!」             クーリッシュウェスタは顔を上げ、探し人の話し声が聞こえる所へ走り出す。             少し広い所に大きなグランドピアノの前に座っているヴァンパイアの少女の隣に目当ての人物が立っていた。             「ルッー…」             半狼化した人狼を見つけ、声をかけようとしたが途中で途切れる。             急に探していた人物のルピナスが、ヴァンパイアの少女の胸を揉み始めた。             その様子にクーリッシュウェスタは、息をするのを忘れて立ち尽くす。             「……やだ。やだぁ…ルッピーぃ、やだよぉ……」             クーリッシュウェスタは背を向けると、黄昏色の瞳から大粒の涙を零す。             そして、音もなく瞬間的に消え去った。             人間界  1230年頃 クスコ王国             アンデス山脈山中の小王国、シンチ・ロカ政権下。             「ここは…?」             クーリッシュウェスタは、見たこともない周囲を見回す。             「ここは、人間界クスコ王国でございますよ。ひひひ…」             「誰!?」             不気味な笑い声が聞こえ、クーリッシュウェスタは後ろを振り返る。             そこには、フードを深く被り、腰がアーチに曲がった老人が一人立っていた。             「ご機嫌麗しゅう、クーリッシュウェスタ姫様」             「アナタ、誰?どうしてアタシの名前を知ってるの?」             「わしは、しがない宝石商。幸運の宝石を売る、卑しき宝石商。ひひひ…」             フードで顔は見えないが、老人の宝石商は自分をそう紹介した。             「その宝石商が、アタシに何かご用?」             装飾類に困っていないクーリッシュウェスタが首を傾げる。             「何やら、姫様はお悩みのご様子」             「別に…悩みなんてないわ……」             宝石商の指摘に、クーリッシュウェスタは小さな声で答えた。             「このルビーをお手にどうぞ」             「?」             突然、一つのルビーを差し出され、反射的にクーリッシュウェスタは手を差し出した。             クーリッシュウェスタの手の上に、一つのルビーが日の光に輝く。             「何よ、普通のルビーじゃない」             何か起こるのかと期待していたクーリッシュウェスタは、手の上のルビーから顔を上げる。             しかし、宝石商の不気味な笑みにクーリッシュウェスタは顔を強張らせた。             「ひひひ、サラマンドラの力が入ったルビーが手に入ったわい。ひひひ…」             宝石商の言葉と共にルビーが強く輝き出し、クーリッシュウェスタの魔力を吸い取り始める。             「っ!?い、いや…パパ!ママ!!」             凄まじい勢いで魔力を吸われる恐怖に、クーリッシュウェスタになす術はなく宝石の中に完全に取り込まれる。             後に残ったのは、体を丸め自分の尾を咬んだ一匹のトカゲが中に入った妖しく光るルビーと、そのルビーを拾う宝石商だけであった。             そして、宝石商はそのままクスコ王国第2代目国王シンチ・ロカの元へ向かう。             「おのれ…おのれ、よくも…テウオティヒを…」             頭部が欠けた遺体の前で、一人の男が目頭を押さえる。             「到着次第、即座に切り殺されたと噂も飛び交っています」             隣国へ向かわせた使者の変わり果てた姿を前に、目頭を押さえる国王シンチ・ロカに側近が口を開く。             「ご機嫌麗しゅう、シンチ・ロカ国王陛下。ひひひ…」             「……お前は、何者だ」             国王の声と共に、この場に似合わない笑い声を響かせた老人へ周囲は警戒の目を向ける。             「私、しがない宝石商。しかし、その無念を巨大な力に変えることはできましょうぞ」             「何?」             急に現れ、不可解なことを言う宝石商にシンチ・ロカは眉を寄せる。             「ここにありますのは、かの伝説の魔獣サラマンドラを閉じ込めたルビーに御座います」             そう宝石商は言うと、恭しくクーリッシュウェスタが閉じ込められたルビーを見せる。             妖しい光を纏うルビーに、周囲は言葉を失った。             「…サラマンドラという物は知らないが、魔獣というなら不可思議な力を持っているのではないか?」             異様な力を持つ宝石を前に、シンチ・ロカは宝石商に問うた。             「これなるは炎の魔獣、望めば何もかもを炎に飲み込むでしょう」             「望めば、何もかもを炎に……」             宝石商の言葉に、シンチ・ロカの復讐心に炎が着いた。             「このクスコ王国に従わない者に炎の死を」             シンチ・ロカは、ルビーの力で隣国との戦争を手始めに周囲への支配を開始した。