ギガントマキア大戦が開戦する少し前、オリンポスの南西に位置するテミスの神殿。
この神殿は、法と正義の女神テミスの居住殿と天界唯一の裁判所を兼ねていた。
ファルグスは、報告書を提出しにこの神殿の主であるテミスを探していた。
「この真昼に執務室に居られないとは、テミス様はどちらに行かれてしまったのか……」
大量の紙束を持ちながら、上司の姿を探す。
寝室の方から聞き慣れた上司の話声が耳に入った。
『ねぇ、ゼウス様ぁ。1人、私の使徒を処分していただきたいの』
『ほう、誰だ?』
上司の褥の秘め事を立ち聞きする真似を好まないファルグスは、書類はまた後ほど渡そうと立ち去ろうとする。
『私の補佐官ファルグスですわ』
テミスの女特有の色香を含んだ含み笑いに、ファルグスは足を止めた。
『あれか。急にどうした?あれが補佐に就いてから、大変重宝していたではないか?』
『いえ…ただ、邪魔になっただけですわ』
その言葉を聴いた瞬間、ファルグスは全身の力が抜けていくのを感じた。
そして、報告書の束を落とすと一目散に走り出していた。
「なぜだ……なぜだ、なぜだ!なぜ!!?」
静かな川の辺に膝を折ると、涙が止めどなく溢れ出す顔を両手で覆う。
「一番目をかけてくださった貴女がなぜ……?」
川の水面に映る自分の姿に問うても答えは返っては来ない。
「このままでは、私は殺されてしまう……何故、このような理不尽が通ってしまうのだ……こんなこと正義ではない!!」
額に巻かれていた包帯を外した。
すると、封印された傷が生々しく残る第3の眼が現れる。
この額の眼には、真実を見通す力が備わっていた。
「そんなにも、この眼が疎ましいのですか…?」
紅い前髪の合間から見える封印された眼に触れながら、封印を行ったテミスに訴える。
「ならば、貴女は私の悪。この世界は悪に満ち溢れている…私はどうかしていた、こんなにも悪に満ちた穢れた世界に
正義があると思い込んでしまっていた……否!この世界に正義はない!私は必ず、正義ある新天地を見つけてみせる!
私が法!私が新天地で唯一の神になる!!」
生暖かい風が、ファルグスの周りに吹き荒れ始める。
金の両目から流れていた透明な涙は血に変わり、殺されていた額の眼からも血の涙が流れていた。