〜クローヴィル建国史 第1章〜








天界から追放されたファルグスは下へ下へと落ちて行き、一筋の光も差さない闇へと落ちていく。
辿り着いた先は、混沌と闇のみが支配する世界であった。

「ここが、未開の地シェオル……」

落下を続けながら、ファルグスは混沌が渦巻く真っ黒な液体が支配する世界を眺めていた。
そして大きな水飛沫を上げて、ファルグスの体は混沌の液体に沈んでいく。

「これこそが、余が捜し求めていた真実の世界。余はこの世界が欲しい……」

天使の証である純白の羽は硫酸が掛かったように真っ黒い液体に溶け、綺麗な翼は骨格だけの醜い姿を晒した。

「余に従え混沌よ、余に乞え闇よ!余がここの唯一の神!この、シェオルの裁きの神たる余に屈せよ!!」

ファルグスの額の瞳が見開かれると、混沌の液体は竜巻のように渦を巻いてファルグスから離れる。
世界中を飲み込んでいた混沌の液体は半分に別れ、半分は暗い海にとなり、もう半分は空気中を漂う水分となった。
混沌の液体が整理されると陸地が現れ、海から上がったファルグスは陸地に脚をつける。

「消え去ったか、良いことだ」

細く長い指先で、骨だけになった翼の骨格をなぞる。
ファルグスの黒い血が翼の骨を覆い隠すと蝙蝠羽を形作り、背中には6枚の真っ黒い蝙蝠羽が出来上がった。

「ここは少し暗すぎて、美しさに欠けるな」

ファルグスが額の瞳から涙を一滴流すと、その涙は空高く浮かんで淡い光を放つ満月になる。
そして、世界が淡い光に包まれ影を作った。

「闇を好む生き物達よ、この世界に生まれる事を余は許そう」

影が蠢き始めると、影の中から生き物が地上に這い出す。
その生き物達は、下級の魔物になった。
次にファルグスは、世界が一望できる一番高い山の頂上へ移る。

「余は玉座など望まぬ、その代わりにこの世界の半分を占める空とこの山を余の領地としよう」

ファルグスの言葉に従うよに、山の頂に堅固な孤城が現れレイヴン城と名づけられる。
こうして、ヴァンパイア領クローヴィル国が創られた。

「再びこの世界に降り立つ為、余の器を作るとしようか」

ファルグスは左胸に手を入れ、動かない心臓を掴む。
痛覚がないファルグスは、躊躇なく自分の心臓を抉り出した。
片手に乗る程の心臓が蠢きながら人型を形取る。
すると、金色の瞳をした男の赤ん坊になった。

「今日よりそなたは、エルドラッド・シュヴァルツと名乗るが良い」

エルドラッドと名づけられた男の赤ん坊は、黒髪から覗く金色の瞳でファルグスを見つめる。

「始祖ファルグス。この姿では余は動けぬ、余を護るシュバリエが欲しい」

ルージュの唇を動かし、エルドラッドは言葉を口にした。

「よかろう、そなたに10人の従者をくれてやる」

ファルグスは両手の爪を切り落とすと、地面に落とす。
爪を媒体にして、土が肉体を作り始めた。
そして、5人の男と5人の女が現れた。

「余の愛しき子等よ、そなた等に名を与えよう」

ファルグスは、右親指の爪から生まれた長男から順に、クロイツ、キュール、ギルバートと名をつけていく。
最後の左小指の爪から生まれた末娘には、ハーカーと名づけた。
これが、ヴァンパイア王を護る10貴族の始まりである。

「余の器に従い良く護り、良く育てよ」

そう言うとファルグスは、エルドラッドを高らかに持ち上げる。
10貴族達は恭しく傅いた。




こうして、天を統べるヴァンパイアが現れた。