〜クローヴィル建国史 第2章〜








身の丈以上の赤い髪をゆったりと頭の高い位置で結わき、七宝で造られた数本の簪がファルグスの髪に彩りを添える。
漆黒の法衣に引き立つ真紅の髪の髪を揺らし、ファルグスは広いさら地をゆっくりと歩いていた。

「ハーカー」

ふと、末娘のハーカーの姿が目に映りファルグスは歩み寄る。

「これは、陛下」

顔を上げたハーカーが、ふわっとした笑顔を向ける。

「これは、薔薇か?」

ハーカーが持っている植物の苗を指差した。

「はい、この庭を陛下のお好きな薔薇で埋め尽くしたいと思いまして」

恥ずかしそうに頬を染めると、ハーカーはうつむく。

「余のために、礼を言うぞ」

下を向くハーカーの顎を優しく持ち上げ、ファルグスは優しく微笑んだ。
ちょうどそこへ、長男のクロイツが足早に歩いて来る。

「陛下、魔王陛下がご到着されました。すでに、ノステル(君主)も迎賓館にいらしてます」

短い金髪を耳にかき上げながらクロイツが報告した。
ノステルとは、ファルグスの魂の器であるエルドラッドのことである。

「うむ、では行くとしよう。ハーカー、庭は広いあまり無理はするな」
「はい、陛下」

ファルグスはハーカーの頭を優しく撫でると、迎賓館へ向かった。



「王都の建設、順調のようだな」

2階の応接室へ入るなり、ファルグスは口を開く。

「お互いにな」

黒髪の魔王ルシフェルが答える。

「余の友、ルシフェルよ。時が来る、ここは大きな戦火に見舞われこの身も終わるだろう」
「我が友、ファルグスよ。聖痕の呪いに蝕まれながら、お前はよく生きた方だ」

天界から追放された際、ファルグスの両手両足の甲には黒い十字傷が刻まれている。
この呪いの枷が、ファルグスの命を削っていた。

「余とそなたは対等な立場、だが親愛の証として余の器エルドラッドを託す」

ファルグスの隣に立つ、まだ幼い黒髪の少年が前に出た。

「なら、代償として。最高の爵位、公爵の地位と権力を与えこの国への絶対不可侵を約束しよう」

漆黒の瞳がエルドラッドに注がれる。

「魔王陛下に永遠の忠誠を」

金色の眼を伏せ、エルドラッドが跪いた。

「ルシフェル。間もなく、この世界を終焉が襲うであろう。驕った天界の手によって……我々は、この世界を何としてでも護らねばならん」
「解っている、この思いは天界を出た時と変わらない。やっと見つけたエデンは、必ず護る。俺達のサンクチュアリは、誰にも侵させない」
「……イロウエル(恐怖の天使)が完成した」

ファルグスの絶望に満ちた声が部屋に響いた。

「ウリエルをも凌駕する生物兵器、か。お前の研究を引き継いだのは、ミカエルだろうな」
「ここへ来る前に、始末しておくべきだった……この余が選択を誤るとは」
「お前が後悔するようなら、もう終わりだ。準備は進んでいる、心配はない。俺は城に戻って、守りを固めるとしよう」

そう言うと、ルシフェルは館を後にする。
ルシフェルが居なくなった後、ファルグスは酷いめまいに襲われその場に倒れた。



優しい歌声が聞こえ、ファルグスはゆっくりと眼を開ける。

「……ハーカー……」

聞き慣れた最愛の者の歌声に、自分のベッドの天蓋から視線を移した。

「陛下。急にお倒れになったと聞きました、お加減はいかがですか」

ファルグスの瞳に、心配そうに顔を覗き込むハーカーの顔が映った。

「大事無い、ただの過労だ」

それだけ言うと、ハーカーの手を借りつつ起き上がる。

「なら、安静にしてくださらないと」

ハーカーは再びファルグスをベッドに寝かせようとしたが、ファルグスがその手を静止させる。

「ハーカー、そなたに大事な話がある」
「はい」
「予の命の欠片をそなたに託す」

ファルグスの手の平には、小さなルビーが一粒乗っている。
このルビーは、魔力を固め宝石化した物であり、生命力や治癒力を司る力の源であった。

「陛下……」

ハーカーの瞳には、不安の色が映し出されていた。

「この役目を果たせるのはそなただけ、つらい役目だが背負っておくれ」

ファルグスは、優しくハーカーの頭を撫でる。

「……はい」

ハーカーは小さく頷いた。