天満屋襲撃
慶応三年(1867年)十二月 とある墓地にて、二人分の墓前に白菊の花束を携えた藤乃が立っていた。 坂本龍馬・中岡慎太郎両名の墓前には煙が絶えない線香と、供えられた花が咲き乱れている。 先刻前に供えられた物だとすぐに解り、同時に自分の様子を窺う数人の気配が感じられた。 「隠れてないで、出て来たら?それとも新撰組には墓参りすら、させて貰えないのかしら」 墓石に刻まれた坂本龍馬の名を眺めつつ、数人の気配に言い放った。 「本来ならそうですが、貴女は別格ですよ。小松藤乃殿」 その声と同時に、周りの墓石の影から西洋軍服姿の男達が数人現れる。 藤乃は周りを取り囲まれ、背の高い中心格の青年将校を一睨みした。 「わざわざ隊服姿で来るとは、貴女もお人が悪い。あの世で隊長方が悲しんでおられます」 藤乃のダンダラ羽織を指して、中心格の男が話す。 「仕方が無いでしょ、仕事帰りなのだから。で?海援隊が私に何の用なの」 持っていた白菊の花束を肩に乗せ、藤乃が答えた。 「我等をご存知でしたか。申し遅れました、私は坂本隊長の補佐、陸奥宗光と申します。 本日は坂本隊長の意思であり、中岡隊長の遺言を貴女にお伝えしに参りました」 「遺言……?中岡さん、息を吹き返したのか」 藤乃は陸奥の言葉に引っ掛かりを覚え、中岡の墓を見ながら呟いた。 「えぇ、二日後にご逝去なされましたがね。故に我等は、新撰組を許しはしません。貴女も そろそろ眼をお醒まし下さい、何故良い様に利用されているのが解らないのですか?」 「……何ですって?私が、いつ利用されたって言うの?」 新撰組を悪く言う陸奥に、怒りを覚えた藤乃は眉を寄せた。 「陸奥!藤乃様に失礼やが。この方は、隊長が将来わし等の上官になる言とったお方じゃなか か」 藤乃が怒った事に気付いた十五〜六の少年が、陸奥の横から口を挟んだ。 「こっ、こら馬之介。ちくと黙っとらんか!」 馬之介と呼ばれた少年の隣に居た眼鏡の人物が、話の腰を折った馬之介を小声で諌めた。 「じゃども、健吉。陸奥の奴がぁ〜」 怒られた馬之介は隣で諌めた人物に駄々をこね、その様子に陸奥は溜め息を吐いた。 「ねぇ、上官って如何言う事?」 そのバラバラな様子に怒る気も失せ、藤乃は馬之介に問うた。 「うあ…え〜と、医学……何と言うちょった?」 馬之介は懸命に記憶を辿るが見つからず、隣の健吉に問うた。 「医学療法師だ。貴女の医療技術が望まれ、新時代の軍事医療機関の最高権威になられるので す」 陸奥が呆れつつ馬之介の言葉を正し、藤乃に説明した。 「私が?冗談でしょ、偉人が望む様な腕、持っちゃ居ないわ。私は、唯の軍医で充分よ」 「かっ、カッコエエ〜。流石、日本に認められた方じゃ。言う事が違うぜよ」 藤乃が謙遜して言った言葉に感銘を受け、馬之介は眼を輝かせて言う。 意味が解らずに藤乃は眉根を寄せると、馬之介の言葉に健吉が補足説明をした。 「あ、コイツは唯のミーハーなだけじゃき。気にする事無いぜよ」 「いい加減にして!私は唯、自分の存在理由を見出したいだけなのに」 眼を輝かせる馬之介の姿が生前の中岡と重なり、藤乃は眼を背けた。 「アンタ、本当に何も気付いちゃ居ないのかい?今、自分がどれだけ必要とされてんのか」 今まで黙って居たキツネ眼の男がタバコを吸いつつ、藤乃を呆れて見やった。 「私自身では無く、私の医学が必要なんでしょ?新撰組は、私自身を必要としてくれるのよ」 「初めの内はそうだろうさ、だが利用出来るものは利用するのが人の常だろ。ま、お嬢チャンが そう信じて居たければ信じて居れば良い。俺は、何も言わないさ」 キツネ眼の男は藤乃の殺気に動じる事も無く、さらりと交わす。 「宮サンまでそんな事言うがかぁ〜?」 「ハハッ、俺はお前見たく噂を聞きかじった訳でも無いし、今日初めて会ったからな」 陸奥の反対側でむくれる馬之介に、キツネ眼の男は喉で笑って言った。 「これでも貴女はまだ、人を殺す道を選ぶのですか?このまま、自分の才能を潰され続けて」 両脇で騒ぎ出す二人を睨んで押し黙らせると、陸奥は徐に口を開いた。 その言葉を黙って聞いている藤乃に、今度は微笑んだ。 「期限は問いません、決意が固まり次第土佐へ御越し下さい。我等海援隊は、貴殿の来訪を 心よりお待ち申し上げて居ります」 言い終った陸奥と同時に、海援隊士は全員背筋を伸ばして敬礼姿勢を取る。 それを見た藤乃は供えの花を生けず、白菊を持ったまま無言で墓地を後にした。 「にしても陸奥クン、云い切ったのは良いけどさ。あのお嬢チャン来るかね?」 藤乃が立ち去った早々、敬礼姿勢から姿勢を楽に崩したキツネ眼の男が陸奥に問うた。 「宮内、口を慎め。あの方は、今年で二十三だ」 坂本・中岡両隊長の墓前で脱帽し、礼を尽くしながら陸奥はキツネ眼の男に淡々と答えた。 「……かぁ〜、年上だったか。あのお嬢、不老の研究でもしているのか?」 宮内はガシガシと自分の頭を掻き、中岡の墓に供えられた花の向き位置を変えながら答えた。 「ちゃんと、我等の中岡隊長も言うちょったぞ」 馬之介と一緒に墓前で手を合わせていた健吉が、呆れつつ宮内を見た。 「同じ隊長補佐でも、俺と陸奥クンは違うんだよ!チクショ〜!」 小バカにされた宮内は、悔しがりつつ走り出した。 坂本・中岡の墓地を後にした藤乃は、その足で山南や御陵衛士達の墓がある光縁寺を訪れた。 後に御陵衛士の墓だけは伊東の墓と共に、光縁寺から戒光寺に移されて居る。 「山南さん……」 少し枯れかけた花を抜き、白菊に挿し替えると藤乃は両手を合わせた。 『済まない、済まない藤乃君』 『貴女の所為ではありませんから!』 死ぬ間際の山南の顔と心配そうに眉を寄せた沖田の顔を思い出し、藤乃は眉を顰めた。 「ごめんなさい、山南さん。私が、貴方を……」 急に人影が屈み込んでいた藤乃に覆い被さり、藤乃の呟きを途中で止めた。 「残りの菊は、平助にですか?」 冷たい風に乗せ、風に揺れる白菊を見詰めた沖田が静かに言った。 「まぁね……」 「なら、僕が挿して置きます。僕が、平助を―――……」 振り向かずに答えた藤乃に、沖田は間髪居れずに言うが、途中で強い北風が墓地を吹き抜け、 最後の言葉を掻き消してしまう。最後の言葉が聞えず、眉間に皺を寄せて立ち上がった藤乃へ 沖田は何事も無かったかの様に笑って言った。 「召集です、速やかに屯所へ戻って下さい」 沖田の言葉に疑問を抱きつつ、屯所へ戻ると近藤が任務内容を庭に集めた隊士全員に話してい た。 「本日未明、紀州の三浦様が何者かに狙われていると言う情報が入った。そこで我等は、三浦様 が停泊して居られる天満屋へ赴き、三浦様の警護に当る事となった」 「天満屋での激戦も想定される。総員、準備を整えて待機していろ」 次に発せられた土方の言葉に、周りの空気が緊迫した。 『これでも貴女はまだ、人を殺す道を選ぶのですか?』 土方の激戦≠ニ言う言葉に、先程陸奥に言われた言葉を思い出し心が揺らいだ。 「小松先生、副長が部屋に来いと」 緊急の用だったのか、近藤の演説中にも関らず副長小姓の市村は小声で藤乃に告げた。 「……そう」 心に迷いが在る今の自分の顔は、とても酷い物なのだろうと思い返事に間が空く。 だが、行かない訳にもいかない為、藤乃は重い足取りで土方の部屋へと向かった。 「何でしょうか?」 やっとの思いで部屋の前まで来ると、意識を切り替えるべく藤乃は深呼吸をした後に襖を開け た。 「天満屋での配置人員の件なんだが、総司と一番隊はここに残そうと思う」 「それは、また何故?」 藤乃は土方の前に座りつつ、眉間に皺を寄せた。 「方々から怨みを買っている今、屯所を空にするわけには行かねぇ」 「そう…ですね……」 「何か気になる事でもあるのか?」 伏せ眼がちになって口篭もる藤乃に、土方は問い掛けた。 「い、いえ。私は天満屋に出て良いんですよね?」 「あぁ。他の幹部同様、三浦が居る中心部の警護だ」 土方は別段気にする事も無く、立ち上がりに陣羽織に腕を通す。 すると、急に襖が開き、近藤が顔を出した。 「トシ、そろそろ出よう。おぉ、フジ帰っていたか。すまんが、報告は後で良いか?」 「はい、急ぎの報告はありませんので」 バツの悪そうな顔で問う近藤に、藤乃は笑って言うと部屋を後にするべく立ち上がった。 「そうか、外回りご苦労だった」 近藤の労いの言葉を受け、藤乃は会釈で返しつつ歩いて行った。 「トシ、総司の件だが……」 「あぁ、解っている。屯所の留守番にした、病人をこれ以上戦前に出せねぇからな」 呟く様な近藤の言葉に、土方は眉根を寄せて答える。 近頃、二人は病床に臥せりがちな沖田を気遣い、抜刀が予想される仕事から沖田を外していた。 午後十時頃、展満屋付近の小高い丘にて海援隊少年将校が楽しそうな声を上げた。 「うひょ〜、新撰組がわんさか居るぜよ」 「こら、馬之介。しゃんと、仕事せい」 望遠鏡を覗いて喚声を上げる馬之介に、横に居た健吉が嗜めた。 「各部隊の様子は如何だ?」 陸奥は自分の足元に屈み込み、望遠鏡を覗く将校に声を掛けた。 そして異常なしの報告を受けると、今度は一人サボる宮内に眼を向ける。 「宮内、隊長補佐として、少しは真面目に仕事をしたら如何だ」 「……ヘイヘイ。じゃあ俺も、少しはクソ真面目な陸奥クンを見習って、仕事しようかね〜… えーと、あのお嬢ちゃ…じゃなかった。お嬢様は何処かねぇ〜……」 宮内はタバコを吹かしつつ、陸奥に嫌味を言うと望遠鏡を覗き込んだ。 が、すぐに眉を寄せ、困惑した声で陸奥に報告する。 「おいおい、あのお嬢様、三浦が居る中心部に居るじゃないか。このままドンパチ始めると、 間違いなく巻き込まれるぞ?」 「そうか、やはりあの方はこの刹那の道を歩まれるか……計画は、予定通りに開始する」 陸奥は部屋の窓側に座っている藤乃を眺めつつ呟くと、淡々と計画実行命令を発令した。 「陸奥!藤乃様を巻き込むんか?」 当初の予定通りに計画を実行させると言う陸奥に、馬之介は抗議の声を上げて立ち上がった。 「仕方が無いだろう、あの方自身がこの道を選ばれた。我等もその覚悟で迎え撃つ」 「駄目じゃ!隊長も言うとったじゃろ?あの方は、まだ自分が歩むべき道が定まっておらんと。  怪我した鷹は、介抱してやったらエエ。道に迷ったなら、手を貸してやったらエエ。した  らば、また空を飛ぶ事が出来ると。隊長補佐のおまんが、隊長の言葉実行せんで如何する!」 言い終った後、馬之介は乱れた呼吸を整えるべく肩で息をしつつ陸奥を睨み付ける。 陸奥は暫らく驚いた様に馬之介を見ると、背を向け歩き出した。 「陸奥!」 「計画実行前にあの方には、この場を離れて頂く。これで、文句は無いだろ」 馬之介の呼び止める鋭い声に一度立ち止まると、陸奥は振り向きもせず、そのまま言い放った。 同刻、天満屋では緊迫した空気が流れていた。 「こ、近藤、この人数で本当に大丈夫なんだろうな?」 完全に怯え切った三浦が室内を見渡しつつ、隣に控えている近藤に問うた。 「ご安心下さい、三浦様。この室内には一流の剣客ばかり、外の警備にも抜かりはありません」 三浦の疑惑の眼差しに、近藤は自信を持って言い切る。 「(幕臣ともあろう者が、嘆かわしい)」 三浦の様子を眺めつつ、藤乃は一人呆れる。 土方もそう思って居るのか、眉間の皺が増えていた。 「(あ〜、暇だ。こんな男の警護より、屯所で総司と喋っていた方がまだマシよ。ふぁ〜、  眠い…)」 不眠症続きであった藤乃は、眠気から来る欠伸を噛み殺しつつ待機していた。 しかし、次の瞬間一本の矢が、藤乃の眼の前を通り過ぎ、木造の壁に突き刺さる。 これにより藤乃は眠気が覚め、矢に手紙が付いている事に気付き立ち上がった。 「ひぃっ、何だ!?何事だ!!?」 すっかり怯えていた三浦は、飛んで来た矢に恐怖心を更に煽られ、刀を抱え取り乱した。 「落ち着いて下さい、三浦様。唯の、矢文です」 「近藤先生……そ、総司が、倒れたそうです……」 震え出す三浦に近藤は騒動の原因を教えたのと同時に、矢に括りつけられていた手紙を読んで いた藤乃が、消え入りそうな声で呟いた。 「近藤さん」 三浦を挟んで近藤の反対側に控えていた土方が、近藤に声をかけると近藤も頷いた。 「フジ、単身で済まないが、ここを離れて屯所の方に戻ってくれ」 「解りました」 藤乃の顔からは血の気が失せ、大量の血を吐き咳き込む沖田の姿が脳裏をよぎる。 藤乃は慌てて部屋を飛び出すと、全速力で屯所の方へと引き返して行った。 それが、海援隊に謀られた事であるとも知らずに。 同刻、新撰組屯所では一人置いてきぼりを食らった沖田が、縁側に座り暇を持て余していた。 「隊長、今の所屯所の周辺に異常は見られません」 「そうですか、残念―…いやいや、それは良かった。引き続き、警戒を怠らずにお願いします」 報告を聞いた沖田は本音で返しそうになったが、急いで言い直し部下を持ち場に戻らせた。 暇潰しに素振りでもしようかと思い立ち、刀を抜きニ、三度振り抜く。 『僕が、平助を殺したんです』 数刻前藤乃の反論が怖くて、うやむやのまま終わらせた墓地での言葉を思い出し、刀を下ろし た。 「これを聞いたら、貴女は怒るかな?」 油小路での死闘を思い出し、目の前に居る藤堂の虚像に刀を構え直す。 「ゴホッ!?ゴホッ…ゴホッ……!!」 急に胸を詰らせる様な咳きが沖田を襲い、口元を押えつつ刀を鞘へ収めた。 嗽をしに炊事場へと続く薄暗い通路を歩いて行くが、眩暈が襲い壁に身体を預ける。 「ゴホッ!ゴホッ!!コホッ…はぁ、はぁ……」 沖田の手を伝い、赤い液体が数滴床に滴り落ちた。 数分後、大声で名を呼ばれ出て見ると、天満屋に居る筈の藤乃が大慌てで屯所に駆け込んで 来た。 「如何したんですか!?まさか、天満屋で何か!!?」 「何故、寝て居ないの!吐血して倒れたのでしょ!?」 「「………はい?」」 同時に喋り出し、同時に黙り込むと、二人同時に噛み合ってない話に間抜けな声を出した。 「ちょっ、ちょっと待って下さい。何故、僕が倒れなければならないのですか?」 「え?だって矢文が……(じゃあ、あの手紙は一体……?)」 眉を寄せて問い掛ける沖田に、藤乃は懐から取り出した手紙を差し出した。 手紙を受け取り、一通り眼を通すと沖田は溜め息を吐く。 「あ、もしかして、心配して来てくれたんですか」 考え込んでいる藤乃に、沖田はおどけて見せる。 「当たり前でしょ、幼馴染なんだから」 「……ですよね、ハハハ……(幼馴染ですか…キツイなぁ〜…)」 が、さらりと流され、沖田の笑顔が固まった。 『我等は、新撰組を許しはしません』 不意に陸奥の言葉が脳裏を過ぎり、海援隊の策に嵌った事にようやく気が付いた。 「しまった……!?(やられた、近藤先生に海援隊の件だけでも言って置くんだった……)」 沖田の呼び止める声も聞かず、藤乃は一目散に天満屋へ引き返す。 「駄目、止めて…新撰組を潰されたら、私は……!」 唇を噛み締めつつ、祈る様な思いで藤乃は天満屋へと走って行った。 「信号弾の用意は良いな、あの方が戻って来ない間に始めるぞ」 藤乃が天満屋を去ったのを見計らい、陸奥が周りに言うと方々に散らした仲間に見える様 前の方に立った。 「我等海援隊は、無用の殺生を好まない。狙うは、三浦休太郎・近藤勇・土方歳三のみ!」 気合を入れて意気込むと、陸奥は合図を送るべく片腕を上げた。 陸奥の腕が上がるのを見計らい、一人の少年将校が信号弾に火を着ける。 「我等の隊長を殺した報いを奴等に……」 そう呟くと、陸奥の腕は下ろされる。 信号弾が打ち上げられ、方々に散らばっていた海援隊が一気に天満屋へと押し寄せた。 「外が騒がしいな、如何した?」 窓から外の様子を見ていた斎藤に、土方が問うた。 「(黒い軍服……)海援隊に、周囲を取り囲まれた様です」 「海援隊と言うと、坂本さんの所のか?」 斎藤の返答に、取り囲まれる理由が解らない近藤は土方を見た。 「大方、あの噂で俺等が坂本を殺したと思ってんだろ。勘違いも、ここまで来ると良い迷惑 だぜ」 相手の正体が解り、土方は口元に笑みを湛えつつ海援隊の突入に備え、刀に手を掛ける。 廊下に近付いて来る足音と、廊下に配置して置いた隊士の気合が響いた。 「止めて、陸奥。軍を退いて」 たった一人で、丘の上から様子を見ていた陸奥に藤乃は後ろから声を掛けた。 「状況が変わったのです、一刻も早く貴女を勝様に引き合わせなければならなくなりました。  三浦を暗殺し、ここで新撰組を潰せば、貴女にはもう勝様以外頼る者が居なくなる」 振り返りつつ、陸奥は静かに答えた。 「冗談は止めて、こんな所で新撰組は潰れたりはしない」 そう言って抜刀するが、未だ迷いがある藤乃の刀は剣先が定まっては居なかった。 「えぇ、そうです。私達も舐められたものですね、あんな少人数で新撰組が潰れる訳が無い」 藤乃の後ろから何者かが、同意の言葉を送る。 驚いた藤乃と陸奥が同時に言葉の主に眼を向けると、暗闇から沖田が現れた。 「沖田、総司……肺を患い、屯所から出て来れなかった筈」 陸奥は疑問に思い、藤乃を庇う様にして立ちはだかる男を見た。 「大変です、陸奥さん!三班から五班までほぼ壊滅、一班は三浦に掠り傷を負わせましたが、  一人が死亡!!」 陸奥の後ろから来た一人の少年将校の報告を聞くと、陸奥は小さく舌打ちをした。 「藤乃様、貴女はもう限界です。夢見が悪く、不眠症続きの貴女は心身共にズタボロのはず。  取り返しが付かなくならない内に、早く勝様の所へ向かって下さい」 陸奥はそれだけを言い残し、少年将校と共に走り去って行った。 「いや〜、間に合って良かった。危うく、もう少しで斬り合いになる所でしたね」 振り返り、刀を収める藤乃を見ながら沖田は笑った。 「如何して付いて来たの?無理したら、病気が――……!?」 平気で無理する沖田に注意をするが、急に抱き締められ、藤乃の言葉は途中で途切れた。 「良かった……無事で、本当に良かった……」 「ちょっ、痛いよ総司。私が負けると思った訳?失礼ね」 沖田の心音を聞きつつ藤乃は照れ隠しでおどけるが、沖田は鋭い声色で返した。 「今の貴女なら、必ず負けます。迷いがある剣で人が斬れる程、剣は優しい物じゃない。  僕は、貴女を失うのも、新撰組を失うのも耐えられません。貴女は、僕が命に代えて守ります。  ですから………         ――………」 耳元で囁かれた最後の言葉に藤乃は驚き、眼を見開くと、沖田を勢い良く突き飛ばした。 「何故、そんな事を……?総司だけは、そんな事言わないと信じていたのに……」 突然の沖田の裏切りに、藤乃は瞳を濡らす。 沖田は頬を伝う滴を見詰め、何も言わない。 『刀を、捨てて下さい――………』 言われた言葉を振り払うかの如く、悔し涙を流した藤乃は夜道を全力で走って行った。