受け継がれる誠
慶応四年八月の末、土方ら新撰組は会津・母成峠の戦いは大敗に終った。 「斎藤、俺達は松島湾を目指して北へ行く。お前は如何するんだ?」 退却の際、土方は人一倍会津に思い入れが有る斎藤に声をかけた。 松島湾は仙台の松島にある湾で、土方はそこから北へ向うのである。 「申し訳ありませんが、志を同じくする者達とこの地に残留したいと思います」 「そうか。謝るなって、解っていたさ。死ぬなよ、何が何でも生き貫け」 土方はそう言うと、斎藤に右手を差し出す。 「副長もお気を付けて」 斎藤も右手を出して土方の手を取った。 「ハジメ、今まで楽しかった。有難う、頑張って」 「此方こそ退屈はしなかった、感謝する。君も生きろ」 藤乃と斎藤は互いに同僚の手を握り、固く握手を交わした。 藤乃は、目尻にあるホクロが印象的な同年代の最後の同僚と道を分ける。 斎藤は土方達が無事に松島湾へ辿り着ける様、己の意思で残留を決意した二十数名の 隊士達と早々に鶴ヶ城(会津若松城)へと引き返した。 明治元年(1868年)十月、土方は松島湾より旧幕府軍海軍奉行の榎本武揚と会見する。 会場には一足先に榎本に会っていた歩兵奉行の大鳥圭介も同席していた。 「土方君、無事で何よりだ」 土方が姿を現すと待ち兼ねていた大鳥が席を立ち、土方に歩み寄る。 「御陰様で足の怪我も良好です。こうして榎本さんにお会い出来る機会を作って頂いた大鳥さん には、感謝以外の言葉はありません」 大鳥が差し出した手を握り、土方も答えた。 「いやぁ〜、会津で君が、先に仙台へ行ってくれと云われた時は何事かと思ったよ。しかしだね  土方君、この場に女を連れて来るとは〜…正直、如何な物か――……!?」 白色混じりの髭を蓄えた大鳥が藤乃を一瞥して言葉を濁したが、途端に白刃を拝まされる。 「藤乃、下がれ」 瞬き程の瞬間で大鳥の間合いに入り込み、刃を突き立てた藤乃を土方は顎で指した。 一連の出来事に大鳥は眼を白黒させ、片目にモノクルを嵌めた初老の人物が椅子から立ち上がる。 「大鳥さん、コイツは女だが腕の立つ有能な補佐官だ。この場から外すと言うなら、俺も異議を  唱えさせて頂きます。ご承知下さいますか?」 土方の挑発的な眼差しに大鳥は口を噤む。 「まぁ良いでしょう、大鳥さん。それに、稀代の医師を外しては失礼に当る」 今まで口を出さなかった初老の人物が、大らかな声で言葉を発した。 「榎本さん…」 そう言うと大鳥は歩いて来る榎本に眼を向ける。 「お噂は常々、小松君。海軍奉行の榎本です」 土方の言葉で人物の正体を知った榎本が手を差し出す。 「今は沖田姓を名乗っています」 柔らかい声と共に差し出された手を握り、藤乃もハッキリと応えた。 「おや失礼、他家に嫁がれて居ましたか。では沖田君には今後、所属の医療隊を率いて貰おうと  思うのだが如何だろうか?」 榎本はそう意見を述べると、土方と大鳥を見る。 「異論はありません、有難う御座います」 「……同じく、異論は無い」 土方の次に剣先を向けられたが大鳥も藤乃の実力を認め、渋々ながら同意した。 「謹んでお受け致します」 全員の賛成を得たのを確認し、藤乃は榎本に一礼する。 「では、これからのプランの説明をして行きましょう」 榎本の一声に、全員は日本地図が置いてあるテーブルに集まった。 同年十一月、蝦夷地(現・北海道)に上陸した旧幕府軍は明治政府側であった松前藩と交戦する。 「松前ですか……確か、永倉さんの故郷でしたね」 小高い丘から松前城を双眼鏡で覗き込みつつ藤乃は云う。 「だから何だ?今は敵だ、私情は捨てろ、足元を掬われるぞ」 イマイチ乗り気でない藤乃にキッパリと土方は言い切った。 「解っていますよ、篭城戦に出て早一週間。出て来ないなと思っただけです」 「ククっ、もうすぐ出て来るさ。補給物資と退路は絶った、奴等に勝ち目なんざねぇよ」 松前城を望み、腕を組んだ土方は笑った。 「楽しそうですね…」 「あぁ、楽しいね。だが、今月中に江差も落として置きてぇ。そろそろ終らすぞ」 双眼鏡から眼を外し、少し冷めた眼で見る藤乃に土方は平然と応えた。 土方の指示と同時に松前城の門に大砲の砲弾が打ち込まれる。 「いいな〜、私も抜刀して斬り込みたい」 藤乃は開いた門から抜刀して雪崩込む味方を見詰め、英国製の新式銃を構えながら一人呟く。 「邪念は捨てろ、撃ち損じるぞ」 土方は諦めつつ不満を洩らす藤乃に静かに言う。 それを聞いた藤乃は間延びした返事で返し、銃を持った敵に照準を合わせると引き金を引いた。 雪の深さが日々増す十二月を迎えると、旧幕府軍を追って来た新政府軍も進行を止める。 旧幕府軍も進行を止める、両軍共春先の戦闘に備える為であった。 榎本は箱館(現・函館)に徳川中心の新しい政府樹立を宣言し、それに伴い土方は陸軍奉行並 兼箱館市中取締役と言う大鳥に次ぐ高位を与え、藤乃には医療軍局長と言う新たな役職を置いた。 「随分と出世しましたね」 五稜郭にある土方の部屋を訪れ、藤乃は口元に笑みを湛えつつ言った。 「お互いな、お前も局長じゃねぇか」 コーヒーを飲みつつ土方も冷やかした。 「個人的には新撰組の局長になりたかったですが、この際文句は控えます」 藤乃は残念と言う様にわざとらしく肩を落とすと、調度ドアからノック音がした。 「(今、言ったじゃねぇか……)入れ」 土方は呆れた様な眼で藤乃を一瞥すると、室外の相手に声を掛ける。 すると、カメラを首から掛けた市村が満面な笑みで顔を出した。 「副長、出世祝いにお写真は如何ですか?」 「市村君、最近カメラに凝っているよね」 渋い顔をして黙り込む土方を横眼に、藤乃が声をかけた。 「はい、沖田先生もご一緒に如何ですか?」 「そうね、たまには良いかもしれない。土方さん、そっちの椅子に移動して下さい」 窓際にある近くの椅子を指し、藤乃は笑う。 「断る、何故そんなふざけた事に付き合わなければならない」 「そんなに拒まなくても…もしかして、魂が抜かれると言う噂を信じているんじゃ……」 有無を言わさず拒否する土方に藤乃は眉を顰めた。 「そんなんじゃねぇよ。おい、何だその眼は!よし、そこまで言うなら撮ってやる」 挑発的な藤乃の眼差しに感化され、土方は窓際の椅子に座る。 「副長、眉間の皺がいつもの三割も増しています」 「うるせぇな、早くしろ!」 レンズを覗いて言う市村に土方は怒鳴る。 「肩の力は抜いて下さい、でないと笑える形相になりますよ」 土方の斜め後ろに立った藤乃が苦笑しつつ言った。 「お前も一緒に撮るのかよ……」 肩の力を抜く様言ってくる藤乃に土方は溜め息混じりで嫌がった。 「では、撮りますから視線をレンズに下さい」 準備が整った市村が手を振り、被写体二人の意識をカメラに向けさせる。 小春日和の陽気が差し込む室内で二回のシャッター音が鳴った。 明治二年(1869年)三月、粉雪が舞う昼下がり。 五稜郭の天守閣で箱館を一望していた藤乃の耳に微かな銃声が聞えた。 「……二股口付近か」 方角から場所を特定し、手近にあった銃を引っ掴むと歩き出す。 廊下を歩いていると、調度反対側から歩いて来る市村と鉢合わせた。 「先生、もうすぐ会議ですがどちらへ?」 「ちょっと二股口まで、さっき銃声が聞えたから」 「銃声っ……!?まさか、お一人で行かれる気ですか?」 市村は驚きの余り声を上げかけたが、咄嗟に手で口を塞ぎ、声を落として問うた。 「すぐ戻って来るよ、空耳か如何か確認して来るだけだし」 「では、私だけでもお供を」 新政府軍とは停戦状態とは云え、単独行動は危険だと判断した市村が供を買って出た。 「いや、君も暇じゃないでしょ?それに何だか、一人で行かなきゃいけない気がして……」 土方の出世に伴い、市村の仕事量も増えた事を知っていた藤乃は手を振ると断る。 伏せ眼がちになった藤乃の因縁めいた言葉を聞き、市村は口を噤む他無かった。 「遅れる様でしたら、私から副長に伝えて置きます」 市村は一礼すると、仕事が残っている為去って行った。 五稜郭を出ると急に天候が変り、二股口に近付く頃には少し強い北風が粉雪を吹雪かせていた。 「太陽が出ているのに吹雪くなんて、北の天気は解らないわ」 春先には草原となる場所であろうか、少し開けた場所に立った藤乃は厚い雲に覆われ鈍く 煌く太陽を眺めた。 正確な位置までは解らず、暫らく辺りを見回し立ち尽くす。風が通る音のみが耳に届いた。 「……空耳だったか」 待てども何も起こらない周囲から視線を空に移し、真っ白な息を吐き出した。 「それは如何かな?」 突如、近くの茂みから聞き覚えのある声を聞き、藤乃は背筋を凍らせた。 「か…加納…何故、ここに……」 「おや、誰かと思えば…とうとうその眼、死んだんだね。前髪に隠れているソレ、眼帯?」 加納の言葉に神経を逆撫でられた藤乃は殺気立ち、銃口を向ける。 だが、同時に解っていた加納も銃口を向けた。 「この世は不公平だ、殺さなきゃならないのに利用価値があるから殺さない。そんなの可笑し い、どんな奴だろうと新撰組の生き残りには変り無いじゃないか……」 暫らくの沈黙の後、先に口を開いたのは加納の方であった。 「お前は単に、人が殺したいだけだろう」 「違うよ、短気だなぁ沖田センセイは。俺は弱い奴に興味は無いよ、強い奴を闘って殺したい。  以前、大阪でアンタの旦那の首を頂こうかと思ったんだけど、一緒に居た篠原さんの殺気に 感付かれて逃したんだ。ホント迷惑な人だよね、篠原さんは。だから、アンタは俺が殺す」 怒りで吐き捨てた藤乃の言葉に対し、加納は口元に笑みを湛えると飄々と応える。 「……近藤先生の件と言い、総司の件と言い。お前、生かして置けないな」 怒りの沸点を通り越し、完全に切れた藤乃は冷やかに辛辣な言葉で呟いた。 「本気のアンタと戦いたい、そして潰すんだ。将来、最高位の名医として光輝くアンタをこの  北の果てで……」 「可哀想に、救い様の無い奴だ」 加納の病的な程の好戦的な性格に藤乃は憐れんだ。 「可哀想?それは俺じゃなくて、二度もこの世に絶望したアンタだよ」 高嶺に咲く花を手折る感覚に陥っている加納に何を言っても無駄であった。 「お前は銃では殺さない、刀で、私自身の手で斬り刻んでやる。有り難く思え」 そう言うと藤乃は、持っていた銃を白銀の地に投げ捨てた。 「銃に刀は通じない、この戦で身に沁みただろ。アンタはここで死ぬんだ」 近代兵器を捨て、刀の柄に手を掛ける藤乃に加納は笑う。 「御託は良い、始めるぞ」 瞳孔が開き、本気になった藤乃は月姫を静かに抜き払った。 同刻、土方は自室で新しく入った情報の整理をしていた。 情報整理も一段落付き、コーヒーを飲みつつ休息を取っていると壁に立掛けてあった刀が倒れる。 「……縁起わりぃ」 誰に言うでも無く、突然風で倒れた愛刀を拾い上げて呟く。 「失礼します、副長。只今、沖田先生は二股口に向われ、この後の会議に遅れるそうです」 ノック音と共に市村が顔を出し、藤乃の不在を報告した。 「二股口か……一人で行ったのか?」 強い吹雪に変った窓の外を眺めつつ土方が問うと、市村が頷く。 その途端、土方は急に身震いし、言い知れぬ不安感に襲われた。 「…市村、馬を引け……」 「はい?」 微かな声で言われ、良く聞えなかった市村は再度問い返すと今度は鋭い声が返って来た。 「二股口に行く、馬を引け!」 「は、はい!」 愛刀を腰に差し、鬼気迫った顔で命じられた市村は慌てて部屋を飛び出した。 「生きていろよ、藤乃……」 机の引き出しに仕舞っていた一枚の写真を取り出すと、土方は呟いた。 「くっ…あの死に損ないめ……!」 雑木林に逃げ込んだ加納は、斬られた身体を引き摺りつつ奥歯を噛み締める。 右腕は切り落とされて無くなり、呼吸をする度に裂かれた肺から空気と血が流れた。 「ククッ、思った以上に強かった…良いねぇ、まだ興奮が冷めない……」 肺の一つを潰され、息苦しく呼吸をしながら笑う。 「敵で良かったよ、ここまで俺を興奮させたのはアンタだけだ……」 口から大量の血を吐き出し、歩く気力を失った加納は膝を折ると倒れた。 「ここで潰して正解だった……こんな気分、他の奴には勿体無い。でもまぁ、この良さが  解るのは俺ぐらいか…フフッ」 次第に冷たくなって行く指を動かし、肺に残る刀傷を指でなぞって行く。 「今までで、一番面白い殺し合いだった……撃たれても捨て身で斬り掛かって来たあの眼、  忘れられないねぇ。これだから神経を逆撫でるのは辞められない……」 肋骨の間に挟まれ、体内に残った刀の刃先を無理やり手で引き抜くと強く握り締めた。 「あぁ…終わった…これでやっと、アンタへの執着心から解放される……」 雪の隙間から見え隠れする雑草の小さな花が薄れて行く視界に入る。 悲願を達成させ、何も思い残す事が無くなった加納はそのまま静かに息を引き取った。 ほの暗く濁った死人の瞳は何も映さず、何も残らない。 「……先生…仇は…取りましたよ……」 数発の銃弾を受けた体は真二つに折れた刀を握り、赤く染まった地に横たわる藤乃は空を見る。 近くには加納の右腕が一本と、身体を引き摺った時に出来た一筋の血の痕が雑木林へ続いていた。 「血が…止まらない……けど良いや、奴の腕から肺を切り裂いてやったから……」 撃たれた胸から止め処無く流れる血を眺め、弱々しく笑う。 「加納の御陰かな、初めて殺し合いが楽しいと思えた……今なら解る気がする、殺し合いを  楽しむと言う事が……案外、遊んで死ぬのも悪くないかな」 今まで機械的に人を斬っていた頃と比べ、少しだけ無駄な時間を浪費した事を後悔した。 「あ〜あ、こんなに短くなって…ずっと、大事にしていたのになぁ〜……」 折れて短くなった刀を眺め、自嘲する。 「………ごめん、総司。貴方の刀、使えなかった」 自分の愛刀と玉砕したかった藤乃は、鞘に収まったままの菊一文字に触れた。 「壊れていない…良かった……」 首を動かす力も残っていなかった藤乃は、血だらけの手で触って確かめる。 身体に力が入らず、刀すら持ち上げられない事に悔し涙が視界を覆った。 寒さと全身麻痺が藤乃の意識を奪って行く、太陽が分厚い雲に覆われるのと同時に瞳を閉じる。 遠くの方から近付いて来る馬の蹄と、自分の名を呼ぶ誰かの声が聞えた。 「藤乃、しっかりしろ!誰だ?誰にやられた!?」 赤い雪の中に横たわっていた藤乃を見つけ、土方は馬上から飛び降りると乱暴に抱かかえた。 「……兄…さ……」 抱かかえられた振動で眼を開けた藤乃が呟く。 冷たい外気に曝され、傷口からの血は凍り固まっていた。 「喋るな、今連れて帰ってやる。だから、死ぬんじゃねぇぞ」 「兄さん……」 藤乃は抱え上げ様とする土方を制し、首を横に振った。 「ごめん…なさい、月姫を折っちゃいました……」 弱々しく笑って言うと藤乃は折れた愛刀を土方に見せた。 「構わねぇよ、お前の刀だ。それに、今まで大事にしてくれただろ?」 刀の柄を握る冷たい手を自分の手で包み込みながら土方は応える。 「……加納が居ました。近藤先生の肩を潰したのも、大阪で総司を狙ったのも全て奴の仕業で  す。だから私が、兄さんから貰ったこの刀で斬りました……」 この状況の真相を知った土方は、離れた所に転がっている腕を見ると再び視線を藤乃に戻した。 「そうか、良くやったな」 土方が微笑んで誉めてやると、嬉しかった藤乃は子供みたいな満面な笑みを向けた。 「…知っていました?義に殉じた者の血は、三年経つと碧色に変わると云う中国の言伝えが  あります。私のこの血も、碧色に変わるでしょうか?」 「変わるさ、絶対な…寧ろ、お前の血が一番綺麗な碧色に変わると信じている」 弱気になって眉根を寄せる藤乃に、土方は胸を張って言い切った。 「ありがとう、兄さん」 「何だよ、改まって」 急に真顔で礼を述べられ、土方は照れて笑う。 「兄さんは私の道しるべです、兄さんが居たから孤独にも耐えられた。だから、ありがとう」 「……俺は、少しでもお前の自慢になれたか?」 心配そうに微笑んだ土方に藤乃は頷いて応えた。 「……江戸の桜は咲いた頃でしょうか?いつかまた、昔みたく皆でお花見したいですね」 「あぁ、いつかまたやろう。だから、死ぬんじゃねぇよ……」 次第に呼吸が弱まって行く藤乃を勇気付ける様に土方は笑う。 「しかし、北の春は遅いですね……桜…見たかった…な――………」 藤乃は懐かしそうに呟くと、土方の顔を映していた虚ろな瞳を閉じた。 「藤乃……?おい、眼ぇ開けろ!?開けてくれ……眼ぇ開けろよ、北の桜は未だ先だぞ……」 動かない冷たい体を強く抱き、咽び泣く土方を雲の隙間から顔を出した柔らかい光が照らした。 時は流れ、十七年後の明治十九年(1886年)夏、盆の暮。 江戸の墓地にて、一人の警官が手を合わせていた。 「俺一人、生き残ってしまった……皆、向こうでも楽しくやっているだろうか?」 沖田の家名が刻まれた墓石の前に立った警官が呟く。 「……政府の警官が、両親に何の用ですか」 突然唸るような声を掛けられ、警官が振り返ると黒髪の学生が立っていた。 制服からして医学生である事が解り、両親と言った父親似の少年の敵意に警官は顔を曇らせる。 「君が、あの沖田君の……」 「そうですよ!僕が新撰組の沖田と小松の息子です!死んだ人まで罰するのですか、政府は!?」 以前にも嫌な思いをしていた子供は、相手の言葉を遮ると目くじらを立てて威嚇する。 「誇り高い二人を、罪人の様に言うのは止めろ!」 元同僚を恥じる様なニュアンスを含んだ言い方に、目尻にホクロを持った警官が鋭く言い放った。 「え……?」 今までと違う相手に、母親の面影を残す少年は眉を顰める。 「……すまない、俺の言い方が悪かった。忘れてくれ」 慌てて取り繕うと、警官は去って行く。 調度その帰り道、分厚い中身が入った封筒を持った松本と擦れ違った。 「!?お前、斎藤か?」 気付かれずに通り過ぎるつもりであった斎藤は、捨てた本名で呼ばれ振り向かずに立ち止まる。 「人違いです、自分は藤田五郎と申しますから」 明治維新後、藤田五郎と名を改めた斎藤は警察帽を深く被り直しつつ答えた。 「そうか、そいつは悪かったな藤田さん。そうだ、斎藤一と言う男に会ったら伝えて置いて  くれ、永倉新八は故郷に戻って生きていると」 「……解りました、確かに伝えて置きます」 自分と同じ生き残りが居る事が解り、他人事に返した言葉の端々に嬉しさが見て取れた。 「生き続けるのも、戦場で戦うのと同じ様に大変な事だ。頑張れよ、藤田さん」 「では、俺はこれで」 斎藤、否、藤田は振り向く際に軽く敬礼すると、背筋を伸ばして歩いて行った。 「安心しろ、お前達が命賭けで護った誠は次の世代にちゃんと息づいている」 日が傾き、朱色に染まった背中を見詰め松本は呟く。 「さて、恒例のブツを弟子に届けてやるか。たく、毎年人をパシリに使いやがってあの狸ジジィ」 少し重量がある差出人の名が無い封筒を一瞥し、溜め息を吐くと墓地の方へと歩き出して行った。 戊辰戦争後、師である松本の所には愛弟子の死体おろか、遺髪すら帰って来なかったと云う。 赤く染まる雲を眺めた松本は、死んだ弟子の志を継いだその息子の所へと足を速めた。 「……父さん、母さん、今年もまたお盆が終ります。伯父さんも来てくれたかな?」 送り火を焚きつつ、伯父の小姓をしていたと言う青年から貰った一枚の写真を眺めた。 「総護、今年も届いたぞ金一封」 「あ、先生。今年もですか、毎年一体誰が送ってくるんでしょうね?」 匿名で巨額の金額を送りつける相手を思い、書いていないと知りつつも反射的に裏を見る。 「さぁな(勝海舟だなんて口が裂けても言わねぇぞ、ざまぁみろ狸ジジィ)それより、留学の  内定が決まったんだろ?いつ日本を出るんだ?」 毎年、勝の粋な計らいの巻き添えを食らう松本は、内心で相手を毒づくと話題を変えた。 「内定の段階ですが、遅くても冬と云われました。近いうち、五稜郭にも足を運んで置きます」 「そうか、ここに身体はねぇもんな……」 遠い北の地に骨が埋っている事を思い出し、報告の為にわざわざ北に出向く孝行者の頭を撫でた。 「先生。僕、医学を極め、最高峰になります。そして、僕が新撰組の汚名を晴らします。母をも  凌ぐ名医になって、今の新撰組への偏見を変えさせてみせます」 焔を宿した瞳を見詰めた松本は、今は亡き愛弟子を思い出す。 (ひぐらし)が鳴く盆の暮に、誠の意志を受け継いだ小さな希望が誕生した。           幕末に散った数多の魂に捧ぐ――……