移転
元治二年(1865年)三月。隊員数が増えに増え、元々余り広さが無い壬生の屯所では狭 さによるストレスによる小さな諍いが隊内で流行り始める。 「(始めの内は隊長の注意で済んでいたが、そろそろ限界が来てやがる……)」 「屯所を移転しましょう」 庭に出て一人隊士達の諍いに頭を悩ませていた土方に、通りがかりに藤乃がさらりと言いのけた。 「………………」 偶然通りがかった藤乃からの言葉に、ツッコむ気力も失せた土方が無言で返す。 「話は総司から聞きました、もう幾つか候補地も上がっているそうじゃ無いですか」 土方の冷たい視線を無視し、勝手に話を進めた。 「(あんの、お喋りが!)あぁ、お前なら何処を選ぶ?」 未だ本決まりでは無い為、公表を避けたかった土方は心底沖田に零したことを後悔しつつ訊く。 「此処から余り遠くなく、且つ広い場所……西本願寺ですかね?」 「やはり、お前もそう考えるか」 土方はなるべく違う答えを期待していた為、溜め息混じりで答えた。 西本願寺は創建以来、勤皇派の寺として有名であるため幕府側の新撰組にとっては敵勢力になる。 その後、土方は屯所を移転する方向に話を公にすると伊東が話し掛けてきた。 「土方君、移転の件について質問を一つ」 「何ですかな?」 伊東の顔を見るや否や、土方はあからさまに嫌そうな顔をすると冷めた返事をした。 「移転場所は、西本願寺だそうですね。御住職との話は着いていらっしゃいますか?」 伊東は土方の態度に顔を顰める事も無く、温和に話を進めて行く。 「残念ながら、数人出したんですが門前払いでしてね」 伊東の態度が悔しかったのか、土方も作り笑顔で対応する。 しかし、額に青筋が浮かび上がっていた。 「では不肖ながら、私が向かいましょう。その際、一人拝借したい隊士がおります」 「ほう、誰ですかな?」 「小松君ですよ。無論、羽織袴の姿で結構です」 その要求を聞いた途端、土方の顔から作り笑いの笑みが消え殺気立った。 「アイツに、何をさせる気ですかな?」 「唯付いて来て頂ければ、それで結構です。場合によっては名乗って頂きますが」 相変わらず食えない笑みを絶やさず、伊東は言った。 「(名が必要、と言う訳か)承知しました、私から伝えて置きましょう」 一言そう言うと、土方はさっさと踵を返して去って行った。 後に残った伊東が、ほくそ笑んでいた事を背に感じて。 その日の夜中、伊東と藤乃は西本願寺へと屯所を出た。その道中、静かな物であった。 「一ヶ月ですか……」 突然、藤乃の一歩前を歩いていた伊東が止まらずに呟いた。 藤乃は警戒して、止まらず無言で返す。 「ふふ、そう警戒しないで下さい。唯、藤堂君と口を利かなくなって一ヶ月になりますね」 「……そうですね」 一ヶ月前、江戸からの仲間であった山南を酷い殺し方で殺してしまった藤乃は気重く答えた。 「別に責めている訳では有りません。が、藤堂君が貴女に悪い事をしたと気に病んでいました」 「平助が……ですか?」 伊東は足を止め、藤乃に向き直ると藤乃もつられて足を止めた。 「えぇ。貴女の気も知らないで、酷い事をしたと反省していました」 「いえ……平助には、事実を言っただけですから。怒るのも当然です」 「ふふ、強情な方だ。行きましょう、夜が明けてしまう」 薄い雲が掛った月を見上げ、伊東は笑う。 その会話を最後に、二人は西本願寺へと足を進めた。 西本願寺の門前に来るとやはり、見張りの強面の僧兵二人が門に立っていた。 藤乃は僧兵を見て、使いの隊士がおめおめと戻って来たのも頷ける。 しかし、元々勤皇派の伊東は何事も無く僧兵達と一言二言何かを喋ると簡単に門が開いた。 「え?(開かずの門が、開いた?)」 意外な展開に驚いた藤乃はその場に突っ立っていると、門を潜った伊東が振り返った。 「少し前に、御住職に話を通して置いたんです。貴女も門前払いは嫌でしょう?」 挑発的な伊東の眼を見た藤乃は、後戻りは出来ないと腹を括り、意を決して敵陣の門を潜った。 その後も恙無く住職の自室にまで案内され、住職との対面まで果した。 「これは、伊東センセ。お待ちしておりました、ささっ、どうぞ」 相手が勤皇と解っている以上、住職も快く二人を招き入れる。 「夜分遅く、我侭を聞いて頂き感謝します」 その言葉を合図に二人は頭を下げた。 「表を上げて下さい、伊東センセ。時にセンセ、そちらの方が……例の?」 そう住職が口篭もると、藤乃を一瞥した。 「えぇ、例の神童です。小松君、自己紹介を」 伊東は笑みを湛えて住職に応えると、藤乃に名乗る様促した。 「お初にお目にかかります、新撰組で軍医をしております小松藤乃と申します」 藤乃は一礼しながらハッキリと名乗った。 「おお……!お目にかかれて光栄です、医学の姫君。貴女の様な素晴らしい方が部下だと伊東 センセもさぞ、鼻が高い事でしょう」 「……恐縮です」 ここで本当の事を言うのは得策ではない、と踏んだ藤乃は黙って話を合わせた。 「えぇ、私には実に勿体無い限りですよ。では住職、例の話は考えて頂けましたか?」 伊東は普段、余り見せない真剣な顔を住職に向けて言った。 「ふむ……出来る事ならお力になりたいのだが、幕府の狗共に貸すとなると……」 「では、幕府で無ければ宜しいのですね?」 渋る住職に、伊東は得意な話術を駆使する。 「と、言いますと?」 話に興味を持った住職が身を乗り出して訊いた。 「今ここでは申せません……お願い出来ますか?」 「上手いですな〜人と言う物を良くご存知でらっしゃる。解りました、北集会所で宜しければ」 「ご好意、感謝します」 予想と反し、あっという間に話が着くと二人は早速報告の為屯所へ帰って行った。 屯所に帰った二人はその足で局長室へ向かう。 「ご苦労様でした、伊東先生。藤乃もご苦労だったな」 伊東が襖を開けると、結果が気になるのか近藤は落ち着き無く訊いて来た。 「いえいえ、これも仕事の内ですから。北集会所を借りる事が出来ました」 伊東は微笑みながら近藤の向かいに座ると、さっそく戦況を報告した。 「おお!?流石は伊東先生、これで移転が出来る。やったな、トシ」 近藤は一頻り喜ぶと、隣に居る土方に顔を向けた。 「あ、ああ……」 藤乃とアイコンタクトをしていた土方はいきなり話を振られ、慌てて返した。 「お?如何した、トシ?」 「いや……何でも無い。近藤さん、俺、今日はもう上がる」 土方はそう言うと藤乃に目配せをして、立ち上がった。 「あ、じゃあ私も今日は上がります。失礼しますね、近藤先生」 ついでを装い、藤乃も土方の後に続いて部屋を出た。 廊下に出た二人は月を隠した雲を眺めつつ、土方の自室へ足を進める。 「一体どんな魔術を使ったんだ、伊東の奴ぁ」 廊下を歩きながら土方は自分の後ろを歩く藤乃に訊いた。 「話術ですよ、しかも高度な技術の。どうやら参謀は何か企てが一つあるようです」 「それについての情報は入っている。やはり俺は、あの野郎とは馬が合わねぇ」 「心にも無い事を、元から合わせる気など無いくせに」 冗談を言う土方に藤乃は苦笑して答えた。 「まぁ、そう言うな。これからは、斎藤と組んで仕事をしてもらう」 そう言いながら土方は自室の襖を開け放つ、中では正座して待機していた斎藤が居た。 「他言無用のスパイ活動だ」 その瞬間、雲に隠れていた月が姿を現す。 自信に満ちた土方の声に反応して斎藤は閉じていた両眼を静かに開く、最重要任務を与えられ た藤乃は自然に来る武者震いを止める事が出来なかった。 「「承知致しました」」 土方からの命に、斎藤と藤乃は同時に答えた。 「藤乃、お前は何が何でも伊東の懐刀になれ」 「はい」 「斎藤は今まで通り奴らと接触し、信頼を得ろ」 斎藤は返事をする代わりに再び眼を伏せた。 「さぁ覚悟しな、中心部から切り崩してやるぜ」 土方はそう言うと月に照らされ、静かにほくそ笑んだ。 翌日、半日で引越しを終わらせると言う土方のお達しに、屯所内は騒然となった。 だがその甲斐あって、皆新しい屯所で気が引き締まったのか、隊務を普段の倍終わらせる。 夕刻、少し暇が出来た藤乃は白夜の散歩も兼ね外へ出た。 ちょうど鴨川の土手を歩いていると、偶然にも考え事をしている藤堂と鉢合わせた。 「「あ……」」 藤乃は鼻歌で歌っていた童謡を止め、土手に腰を降ろしていた藤堂は顔を上げた。 「邪魔した?なら、謝るけど」 藤乃は藤堂に考え事をしていた事を指して言った。 「いや……終わったから、別に」 一ヶ月ぶりに話し掛けられた疎遠相手に、藤堂は口篭もりながら答えた。 「そう……八つ当って、悪かったね。あの時は、私もヤケ起こしていたから」 藤乃は何の前置きも無く、一ヶ月前の煽った事を謝罪した。 「いいよ、俺も軽率な行動取ったし」 だが藤堂もすぐ指している話題が解り、静かに答えた。 「何で人が人を殺すんだろうね?同じ人間なのに……」 藤乃は川の水面を見詰めながら呟く。 「自分も含め、皆愚かだからと山南さんは言った。思想が違うから、と伊東先生は言った……」 そう呟くと藤堂は眉根を寄せ、俯く。 暫らく沈黙が続き、先に口を開いたのは藤堂であった。 「……なぁ、もう辞めようぜこんな事。誰だって殺したくないし、殺されたくない」 「平助?」 水面を見ていた藤乃は、唐突な事を言い出した藤堂に視線を向けた。 「俺達と共に御陵衛士にならないか?天皇の陵を守るだけなら抜刀しなくて済むから」 藤堂も藤乃に視線を向け、互いに向き合った。 「私は医者よ、武士じゃないわ。医者とは元来、人の命を救う者、殺す者じゃない」 「あぁ、そうだぜ!良かった……お前が頷いてくれて」 藤乃は微笑ながら言うと、藤堂にも安堵の表情が広がった。 その表情を見た藤乃は一瞬、複雑な顔をしたがすぐ真顔に戻る。 「……他には、誰に言ったの?」 「主だった奴には言ったけど、総司は自分の居場所は新撰組だけだの一点張りで、はっつぁん と左之も解ってくれない。結局、聞いてくれたのはハジメだけだった……」 「……そっか」 「でも良いんだ、お前とは戦わずに済むから。帰ろうぜ」 そう言って藤堂は屯所へ向かって歩き出す、藤乃もその後を追ってゆっくりと歩き出した。 数日後、藤乃が出かけから帰ってくると市村がやってきた。 「お帰りなさいませ、小松先生」 「如何したの?そんなに慌てて」 「局長からです、客が来ているからすぐ部屋に来る様にと」 市村は乱れた息を懸命に整えながら言った。 「私に?誰かしら……あ、山崎さん居る?」 藤乃は一度考え込むと、別件で山崎の所在を訊いた。 「あ……入れ違いに、今出払いました」 「入れ違ったか……市村君、悪いけどコレ山崎さんが来たら渡して置いてくれる?」 そう言うと藤乃は、懐から一通の手紙を取り出す。 「解りました、渡して置きます」 藤乃は「頼んだよ〜」と笑いながら手を振ると、局長室へと歩き出した。 「近藤先生、小松です。遅くなって申し訳ありません」 「帰ったばかりですぐ、呼び出して済まなかったな。入ってくれ」 襖の外で一声掛けた藤乃に、近藤は優しく答えた。 「失礼しま―――………したぁ〜(汗)」 一度途中まで襖を開けたが、客の姿を見た途端一瞬だけ固まり、再度襖を閉めようとする。 が、予想していたのか近くに待機していた土方が閉まる戸に手を掛けた。 「入れ」 土方が藤乃を見下ろしながら短く言う。藤乃は小さく舌打ちすると、渋々中へ入った。 「な〜んで、貴方がここに居るので・す・か?」 藤乃は客を再度見るなり、あからさまに嫌そうに問う。 「七年ぶりなんだから、ちったぁ嬉しがれよ。まぁ、抜き打ち検査に来たんだ嬉しくねぇか」 そう言うと、七年ぶりに会った客は喉の奥で笑った。 「ここの医者は私です、早く帰って下さいよ師匠」 藤乃は唯の嫌がらせに来た客に、ますます機嫌を悪くする。 客は客で意地悪く笑うと、ここに来た本当の目的をついでの様にさらりと言った。 「不肖な弟子を持つと、心労が絶えねぇんだ。今から、この松本良順の総回診だ。有難く手伝え」 「これはまた、急な話ですね。解りましたよ、準備が有るので一度戻ります」 藤乃は松本にそう言うと、局長である近藤に一礼すると立ち上がった。 「おっと、忘れる所だった。藤乃、これ最新の水薬だ。内容を詳しく知りたければ、調べてみろ」 松本は懐から液体薬が入った小瓶を取り出すと、藤乃に投げて寄越した。 が、藤乃が手を出しても掴む所か、手に掠りもせず取り落とす。 近藤と土方は掴むタイミングを逃したのだと思い気にしなかったが、松本だけが眉を顰めた。 「師匠ぉ〜投げるなら、ちゃんと投げて下さいよ」 藤乃は一瞬驚いた様に眼を見開いたが、すぐ何でも無い事を装い不平を吐くと早々と去った。 そのギクシャクした行動で、松本の疑念を確信に変えてしまった事にも気付かずに。 その後、松本は客間の一室を診察室にして隊士達全員の検診を行なった。 「ふぅ、大体片付いたな。ここは男所帯だから、少し衛生面が心配だったんだが。おめぇが 居るから、それ程不衛生って訳でも無かったな。次の奴!」 白衣に着替えた松本が眼前の隊士の診察が終わると、隣で同じ様に白衣姿で文机に向かって カルテを書き込んでいる藤乃に言った。 「疑っていたんですか?失礼な人ですね、私も医者の端くれだと言うのに」 書き終えた藤乃が、持っていた筆を手で回し、遊びながら答える。 そうしている内に、順番が回ってきた沖田が診察室に入って来た。 「おう、おめぇさんが沖田か。池田屋で倒れたそうだな?」 上着を脱いだ沖田に松本は真剣に聞いた。 「えぇ、まぁ……夏風邪が流行っていましたから」 「夏風邪ねぇ……深呼吸してみろ」 曖昧に口篭もる沖田の胸板に、松本は聴診器を静かに当てながら指示を出した。 「(かなり、病気が進行してやがる……)おめぇ、寝汗は?咳や痰は出るか?」 「えぇ、まぁ。咳は夜中が特に酷いですね、季節の変わり目で体調を崩したのでしょう」 「(風邪だって?バカ野郎、結核の中期症状だ)沖田、長生きしたければ無理はするなよ……」 唯の風邪だと思い余り気にしない沖田に、松本は静かに忠告した。 「え……?それは、如何言う意味ですか?」 「風邪は万病の元ってな、悪化させたくなけりゃ安静にしてやがれ。あとで藤乃に薬出させて 置くから、苦いからって捨てんなよ」 さっきとは打って変わり、からかい混じりに松本は気楽に言った。 「捨てませんよ、土方さんの石田散薬は苦過ぎますが……」 「私が出すんですか?」 カルテを書いていた藤乃が横から口を挟んだ。 「何だ、不服か?俺より長い付き合いがある、お前の方が飲み易い物が作れるだろ」 そう言いながら松本は立ち上がると、近藤達に検診の結果を伝える為に部屋を出て行った。 「あぁ…成る程ね。時に総司、石田散薬捨てたの?ん?」 藤乃は口元だけ笑って問い詰める。 「え…っと、その………はい……」 藤乃の黒いオーラに、沖田は顔を背けると、呟く様に答えた。 その後、苦い薬を飲まされたのは言うまでも無い。 「松本先生、診察の方は如何でしたか?」 局長室に報告に来た松本に、近藤は真剣な面持ちで尋ねる。土方も松本に視線を向けた。 「当人の無自覚による性病患者が多い、暫らくは島原を自粛させると良いな。心配しなさんな、 後の殆どは健康優良児ばかりだ」 「ウチの奴らは丈夫なのが取り得ですし、藤乃も気に掛けてくれていますから」 目立った病気が無い事に安心した近藤が笑って言った。 「それは良かった、俺のバカ弟子もちったぁ役に立っているようで。だがな、近藤殿。肺を病 んでいる奴と、片眼を病んでいる奴が居た」 それを聞いた途端、驚いた近藤から笑みが消え、土方の眉間に皺が寄った。 「だ、誰ですか?」 近藤が静かに問うが、松本は少しの間口を閉ざした。 「……沖田だ。本人は風邪だと思い込んでいるが、結核中期の症状を出してやがる」 土方の事情を知っていた松本は、気にしながら静かに答える。 土方は幼い頃、両親と姉一人を同じ結核で亡くしていたのだ。 重たい沈黙が部屋を包んだが、意外にも土方がその沈黙を破った。 「結核は解りましたが、眼を患っているのは誰です?」 「あれ程近くに居て気付かなかったのか?ウチのバカ弟子だ、もう殆ど右目が見えてねぇ……」 松本はきつく眼を閉じ、断腸の思いで打ち明けた。 「……くっ……!」 土方は兄として、一番近くに居たのに気付いてやれなかった事を深く後悔し、唇を噛み締めた。 「如何言う事ですか松本先生!?眼が見えないなど、そんな素振一度も……!」 近藤もショックを受け、心無しか声を荒げていた。 「落ち着け、近藤殿。幸い、まだ失明には至ってねぇ」 「済みません。まだ、と言いますと失明は確実なのですか?」 「あぁ、原因は解らねぇが――……土方、最近藤乃の奴、また高熱出したか?」 ふと何か思った松本は、先程から黙り込んでいる土方に眼を向けた。 「………いいえ、昔出してそれっきりですが?」 「ふむ、となると。あの時出した高熱の副作用かもしれねぇ」 「あの時?」 言葉に引っ掛かりを覚えた近藤が疑問符を浮かべた。 「あぁ……アンタ、出稽古に行って居なかったのか。アイツが八歳の頃、一度四十以上の熱 を出して倒れた――……!?そう言えば」 ふと土方は何かを思い出し、それに二人が反応した。 「看ていた姉の話ですが、四日後熱も下がり先生が帰ったあと、眼が痛いと呟いたそうです」 「!?ちっ、もうその時点で視覚神経がマヒしていたとは……。何故、言わねぇんだあのバカ! 幸い、すぐ失明に至らなかったのは御仏の御加護と言う他あるめぇ……」 そう言うと松本は肩を落とし、長い溜め息を吐いた。 「手術では治せないのですか?」 近藤が悲痛な面持ちで松本に聞いた。 「今の医療技術では無理だ、顔に痕も残っちまう」 冷えてぬるくなったお茶を飲みながら松本は言った。 ちょうどその頃、藤乃は情報収集で得た情報を伊東に報告していた。 「時に小松君、坂本龍馬はご存知ですよね?」 「は、はぁ…。知っていますが?」 「一度、彼に会って下さいませんか?彼も貴女に一度、御会いしたいと言っていましたから」 「会うには構いませんが、坂本さん全国を逃亡しているのでは?顔を見るのも一苦労ですよ」 「心配いりませんよ、事前に面会予約を伝えてありますから」 恐らくこの面会は勤皇派にとって大事な事に違いなく、それに藤乃を連れて行こうと伊東は言う。 伊東の絶対的な信頼を得て、懐刀になる日も近いと藤乃は心中でほくそ笑んだ。